« 天国人として人生をやり直す | トップページ | 弟子としてキリストの栄光を伝える »

2018年9月16日 (日)

狭き門を通り抜ける

 先日、「舟の右側」という雑誌から原稿依頼がありました。「心の深みに届いたことば」というコーナーに掲載される文章です。何を書くべきか祈った末、大学4年の時に神に語られた経験を書くことにしました。将来に絶望していた私が、突然、神の語りかけを感じた瞬間の証しです。その時の私は、「もう何もできない」と超ネガティブになっていました。でも神は、「何かできるはずだ」と私を励まして下さったのです。(大坂なおみ選手のイケメンコーチのようです!)その内なる声は、私に大きな転機を与えてくれました。原稿を書いているうち、あることにふと気付きました。迷子のようだった私の大学生活は、その時のためだったということです。私は長い間、東大の4年間は何だったのかと考えて来ました。そこで勉強したことは、牧師の働きに直接関係なかったからです。努力とお金が無駄だったようにも思いました。でも40年近く経った今、もう一度その頃を振り返ると、新たな発見がありました。神は、私に語りかける時と場所を用意しておられたのです。神の国に至る「狭き門」は、人により見つけ方が全く違います。私の場合は、東大の「狭き門」が、神の国への入り口につながっていたようです。

 大学卒業後、私は松下政経塾に入りました。政治家や経営者を育てる研修施設です。私は、なぜか神がそこに私を導かれているように感じました。今は知りませんが、当時は倍率20倍ほどの「狭き門」でした。政経塾にいた時、私は洗礼を受け、クリスチャンになりました。牧師になる決心もしました。日本を良くするには、まことの神の国の教えが不可欠だと確信したのです。ただ政経塾の数年間は何のためだったか、私にはよく分かりませんでした。そこでの経験が、牧師の働きに役立ったように思えなかったのです。与えられた多くのものが、ほぼ無駄になったように感じました。しかし先日書いた原稿により、政経塾の年月を振り返ることもできました。神はその年月を用い、洗礼を受け、牧師になる決心へと私を導かれたのです。神の国の働きは、牧師以外にもたくさんあります。神が、一人ひとりに最もふさわしい働きを用意しておられます。私の場合は、政経塾の「狭き門」を通し、私のために用意された神の国の働きに導いていただいたようです。

 聖書の時代、町には門がありました。一つ一つの町は、独立した小さな国のようでした。全体が城壁でおおわれた砦、要塞のようでもありました。城壁は、外から来る敵を防ぎました。町の中を平和に保つためです。エルサレムの平和を守るため、ネヘミヤは壊れた城壁を急いで再建させました。人々が町に出入りするためには、門(城門)がありました。門は、敵の攻撃に耐えられるよう、頑丈に作られました。出入りする人を見張る門番も置かれました。今風に言えば、出入国の管理をする役人か警官のようです。怪しい人がいないか、しっかり見張る人たちです。先月、私は1か月で5つの空港に行きました。羽田、成田、関空、新千歳、函館です。台風や地震の前です。誰か偉い人が来たのか、成田は他の空港より、かなりたくさん警官がいるように感じました。私は人を迎えに行っただけでしたが、警官から怪しい人に見られているような気持ちになりました。空港は、「玄関口」と呼ばれる門の一つです。他の門と同じく、人の出入りをチェックする重要な役割を担っています。「狭き門」とは、厳しいチェックが行われる出入国審査ゲートのような場所だと言えます。

 イエス様は、「わたしは門です」と言われました。「だれでも、わたしを通って入るなら救われます」とも宣言されました。イエス・キリストを信じる人は、滅びゆく世界から救われます。永遠の平和の町、天のエルサレムに入れます。その町に入る唯一の門は、イエス様です。どんな知識も能力も小細工も、その「狭き門」の通過に役立ちません。出入りが許される唯一の条件は、イエスを救い主と信じる信仰なのです。

「狭い門から入るように努めなさい。あなたがたに言いますが、多くの人が、入ろうとしても入れなくなるからです。」(ルカ13:24)

|

« 天国人として人生をやり直す | トップページ | 弟子としてキリストの栄光を伝える »

礼拝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186781/67174555

この記事へのトラックバック一覧です: 狭き門を通り抜ける:

« 天国人として人生をやり直す | トップページ | 弟子としてキリストの栄光を伝える »