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2018年11月 4日 (日)

天の命を帯びる

 先日、「林先生が驚く初耳学!」というTV番組で面白いコーナーがあったそうです。3人の外国人男性が現れ、誰が本物の牧師か当てるコーナーです。残念ながら私は、番組を見ませんでした。3人のうち1人は本物で、後の2人は偽物だったそうです。なぜそんなことをしたかと言うと、結婚式の司式牧師は偽物が多いという話が紹介されたからです。アルバイトの求人サイトで、牧師を募集しているそうです。日給8千円から5万円!何組挙式するかにより、おそらく金額が違うのでしょう。林修先生は初耳ではなく、驚かなかったようです。でもゲストの中には、ショックを受けた人もいたとのこと。日本のクリスチャン人口は、1%以下です。牧師の数は、さらに一桁は少ないはずです。しかも「本物の牧師」は、普通、自分の教会の働きが中心です。全く知らない人の結婚式は、たとえ引き受けても片手間になります。以前ここにも書いたように、もし日本で結婚する過半数のカップルがキリスト教式ウェディングを望むとしたら、「本物の牧師」だけでは全く手が足りないはずです。

 興味深かったのは、クリスチャンでない人が「本物の牧師」にこだわる点です。キリスト教式の結婚式を行うホテルやウェディングチャペルは、「本物の教会堂」ではありません。新郎新婦も参列者も式場スタッフも、ほとんどが「本物のクリスチャン」ではありません。なのに、なぜ牧師だけは本物が良いのでしょう。北海道にいた頃、私も複数のウェディングチャペルで司式をお手伝いしました。もちろん教会奉仕の合間にです。私は一応「本物の牧師」だったので、偽物とばれる心配はありませんでした。(笑)でも全く別の場所で、「偽牧師」と呼ばれたことがあります。よその教会のクリスチャンからです。その人の考えでは、ギリシア語で聖書を読まない牧師は偽物でした。私は、それほどギリシア語に詳しくありません。時々、気になるキーワードを調べるくらいです。私を偽牧師と決めつけたその人は、私のFacebookのページにそう書き込みました。すぐに対処しましたが、私はひょっとして「偽牧師」なのかと考えさせられました。

 日本語(新改訳)の聖書には、「牧師」という言葉は1か所しか出て来ません。エペソ書4章11節です。それは「ポイメン(poimen)」というギリシア語の翻訳で、「羊飼い」という意味です。羊飼いの仕事は、羊の群れのお世話です。羊が健やかに育つよう、食べたり飲んだりできる場所に群れを連れて行きます。狼などの敵から守られるよう、注意深く見張ります。弱った羊や病気の羊がいたら、介抱します。迷子の羊は、群れに連れ戻します。これが羊飼いの主な仕事です。聖書の中で人は羊に、創造主なる神は羊飼いに例えられています。全ての人は生まれてから死ぬまで、ずっと神のお世話になっています。本人が知らなくてもそうです。神は羊一匹一匹を全てご存知で、深く愛されています。最高の羊飼いです。羊同士でも互いにケアできるよう、神は羊の中にリーダーを任命されています。牧師はそのようなリーダーの一人で、すべきことは自分のグループに属する羊のお世話です。お世話するのにギリシア語が役立つこともありますが、必須ではありません。牧師以外にも、さまざまなリーダーがいます。旧約時代には祭司や王、預言者たちが神に任命されました。新約の時代には使徒、預言者、伝道者、牧師、教師などのリーダーがいます。どんな働きをしても、天から任命されたら「本物の働き人」です。

 イエス様は、信じる人一人ひとりに何らかの働きを委ねておられます。私たちは天の命を帯びて、地上に遣わされているのです。忠実に使命を果たす人を、神は喜んで下さいます。「あなたは本物だよ」と、イエス様が言って下さるのです。

「イエスは彼らに答えられた。『わたしも一言尋ねましょう。それに答えなさい。ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、それとも人から出たのですか。』」(ルカ20:3-4)

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