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2019年1月20日 (日)

天与のゴールを目指す

 今年のNHK大河ドラマは、オリンピックがテーマです。主役は2人で、一人はオリンピックに初めて参加した日本人。もう一人は、オリンピックを初めて日本に呼んだ人。(フランスで今、捜査中の人ではありません。)来年の東京オリンピックへ向け、いろいろ話題が尽きませんね。

 初めてオリンピックに参加した日本人は、金栗四三(かなくりしそう)さんとのことです。私は番組の宣伝が始まるまで、この方のことを何も知りませんでした。1891年、熊本生まれ。8人兄弟の下から2番目。父親が43歳の時に生まれたので、四三と名付けられたそうです。(うちの息子は、私が33歳の時に生まれました。同じ名付け方なら「三三(さんぞう)」だったかもしれません。笑)四三君は小学生になると、自宅から学校まで毎日走りました。皆さんの小学校は、家からどのくらい離れていましたか?私は、数百メートルだったと思います。四三君の場合は学校まで片道6キロ、往復12キロでした。そこを毎日走りました。冬はわら草履、夏は裸足だったそうです。すごいトレーニングですね。それだけ走った甲斐あって、日本で初めてオリンピックのマラソン代表に選ばれました。1912年に開催されたストックホルム五輪です。四三君が、東京高等師範学校(今の筑波大学)の学生の時です。

 マラソン当日の7月14日は、快晴。午後1時半のスタートで、最高気温40度になりました。参加者68名中、半数が途中棄権。レース中に倒れ、翌日死亡した人もいました。(来年の東京五輪も心配ですね。)金栗四三選手は、26キロを過ぎた辺りで熱中症に。コース近くの家に行って倒れ、介抱されました。残念ながら、ゴールできませんでした。ところが55年後の1967年、ストックホルム五輪の記念行事に四三さんは招待されました。オリンピックの時、四三さんは棄権ではなく、行方不明扱いになっていたのです。五輪スタジアムを少し走り、ゴールテープを切りました。すると、こうアナウンスが流れたそうです。「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイムは、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3。これをもって、ストックホルム五輪の全日程を終了します。」このマラソン最長記録は、今後おそらく破られないでしょう。四三さんはゴールの後、こう言ったそうです。「長い道のりでした。この間に孫が5人できました。」

 人生は、マラソンレースのようです。創造主なる神は、私たち一人ひとりに走るべきコースを用意されています。ゴールはどこか、どこをどう走るのが一番よいか、私たちの生まれる前から全て計画されています。でも私たちはほとんどの場合、何も分からないうちに走り出します。どんなコースなのか分かりません。ゴールがどこか分かりません。どのくらい長く走るのかも分かりません。多くの人は、神が計画された最善のコースから外れています。いつまで走っても、ゴールインできません。途中で疲れ果て、倒れる人もいます。目指すゴールを見失い、レースを投げ出す人もいます。

 イエス様は、そのような私たちに目指すべきゴールと正しいコースを教えに来られました。ゴールは、ストックホルムではありません。東京でもありません。永遠の神の都のスタジアムです。イエス・キリストを信じる人は誰でも、そのスタジアムにゴールインできます。ゴールを見失った人も、途中で倒れた人も、しばらく休んだ人も大丈夫です。大歓声に包まれた栄光のスタジアムに、世界中から無数のランナーが集まって来ます。レースを走り抜いた最高の喜びを、私たちは、イエス様とともにいつまでも味わうことができるのです。

「兄弟たち。私は、自分がすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。」(ピリピ3:13-14)

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