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2019年1月13日 (日)

新しい自分を生きる

 映画「ボヘミアン・ラプソディー」は先週、ゴールデン・グローブ賞の映画ドラマ部門で、最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を獲得したそうです。ご存知、伝説のロックバンド「クィーン」のボーカル、フレディー・マーキュリーの生き方を描いた映画。日本では先週末までに600万人以上がこの映画を観て、84億円以上の入場料を支払いました。売上げは世界一とのこと。リピーターも多く、まだまだ大ヒット上映中だそうです。

 私はクィーンのファンではなく、映画も観ていません。(妻は関心があるようです。)でも先週、ネットを見ていたら、映画を観た人たちの感想に目が留まりました。その人たちは、フレディー・マーキュリーの次のような言葉に感動したそうです。「I decide who I am.(自分が何者かは自分で決める。)」彼が、自分の病気(エイズ)をバンドメンバーに告白するシーンだそうです。フレディーは、マイノリティ(社会的少数派)でした。アフリカ・タンザニアの島で生まれた、ペルシャ系インド人。ゾロアスター教を信じていたようです。そしてゲイ(同性愛者)でした。今風に言うと、LGBTです。17歳の時、イギリスに移住しましたが、社会の中で明らかに彼は少数派でした。「他の人々と全く違う自分は、一体何者なのか。」フレディーは、その答えを長い間、求めていたのかもしれません。

 「自分は何者か」という意識を、心理学で「アイデンティティ」と言います。私たちは、たいてい大人になるまでに、自分がどういう人間か意識するようになります。私は道産子(北海道出身)で、日本人です。無宗教の家に育ち、大学卒業後、クリスチャンになりました。今は所沢の教会の牧師です。プロテスタントの中でも、ペンテコステ(聖霊派)というグループに属しています。長男であり、夫であり、父であり、祖父です。それが、私のアイデンティティです。

 時々私たちは、自分が何者かを見失うことがあります。「アイデンティティ・クライシス」と呼ばれます。東京で一人暮らしを始めた頃、私は自分を見失いました。道産子は、マイノリティです。(どこの地方出身でも同じでしょう。)大都会の人混みで、自分だけ浮いている感じがしました。大学の難しい勉強について行けないように思いました。東京の有名私立高出身者に気おくれがしました。地方出身の友人たちと渋谷でさんざん飲み歩きましたが、何の解決にもなりませんでした。(お金を失くしただけです。笑)自分のアイデンティティを再発見したのは、創造主なる神と出会った時です。自分は神に造られ、愛されている存在だと、初めて分かりました。自分が何者かを、神に教えていただいたのです。その時、私は心に決めました。「そのアイデンティティを、自分は信じる」と。

 聖書の神を信じる人は、多くの場合、マイノリティです。アブラハムやその子孫のユダヤ人たちは、全世界のマイノリティとして神のことばを伝えました。イエス様と弟子たちも、社会の少数派でした。ヨーロッパに最初に福音が伝わった時も、信じる人は少数でした。今なお世界中の多くの国々で、クリスチャンはマイノリティです。日本もその国の一つです。全てを造られた神は、全ての人を愛しておられます。マジョリティ(多数派)の人も、マイノリティの人も、神は愛しておられます。その愛のゆえに、神は全ての人にこう言われています。「あなたにふさわしい、最善の人生を歩んでほしい。」でも神は、強制はしません。自分は何者かを選択する自由が、私たち一人ひとりに認められています。聖書が教えるアイデンティティを選択する人は、本来の自分の姿に回復することができます。人が自分たちの思いで決める姿でなく、神が計画し、完成して下さる新しい自分の姿です。どんな人であっても、神に受け入れられ、新しい人として生きる助けが与えられるのです。

「ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。」(ピリピ1:27)

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