« 救い主の奇跡を信じる | トップページ | 奇跡の人生を生きる »

2019年4月14日 (日)

奇跡の王をほめたたえる

 今日は「棕櫚(シュロ)の聖日」です。十字架につかれる5日前、イエス様が王としてエルサレムに入られた記念日です。旧約の預言者が予告した通り、イエス様はロバに乗って都に入られました。ロバは、イエス様が「平和の君」であること、全世界に神の平和をもたらしに来られたことの象徴でした。大勢の人が大歓声を上げ、イエス様をお迎えしました。ナツメヤシの枝を手に持つ人が、たくさんいました。(日本ではないので、梅や桜ではありません。)木の枝や上着を道に敷く人もいました。大きな叫び声がこだましました。「ホサナ!ホサナ!ホサナ!」「ホサナ」とは、もともとは「救って下さい」という意味です。賛美の叫びの決まり文句でした。救い主である神に対する、ユダヤ人たちの切なる叫びだったのです。

 ユダヤ人は、長い苦しみの中にいました。彼らの祖国は600年ほど前に滅び、その後、ずっと外国に占領されていました。バビロニア、ペルシア、ギリシア、そしてローマです。日本で600年前というと、室町時代です。日本が誇る世界遺産の一つ、金閣寺ができた頃。最近話題の万葉集の時代よりはずっと後ですが、戦国時代も江戸時代も渋沢栄一の時代もまだ始まらない頃。もし日本がそんな遙か昔に滅び、天皇家もどこにいるか分からなかったら、どうなっていたでしょう。今も東京に多くの日本人が住み、新天皇が即位したら大歓声で喜んだかというと、疑問に思えます。でもユダヤ人は、祖国が滅んで何百年経っても再建を信じ、待ち続けました。旧約の預言に、再建の約束があったからです。――時が来たら、神はイスラエルの国を建て直して下さる。外国の支配からユダヤ人を救う王が遣わされる。その王は、ダビデの子孫である。――それらの預言を信じる多くのユダヤ人は、イエス様こそがその王、「メシア」だと確信しました。そしてイエス様に向かい、「ダビデの子」と叫んだのです。

 ダビデは、日本であまり知られていないように思います。ダビデというと、ミケランジェロのダビデ像を思い出す人が多いかもしれません。私もクリスチャンになるずっと前、学校の教科書に載っていた大理石像の写真を見ました。「なぜ裸でポーズをとっているのだろう」と思いました。ダビデがどんな人物か、何も知りませんでした。ご存知の通り、この彫刻はルネサンスの天才的芸術家ミケランジェロの代表的な作品です。今から500年ほど前に作られました。日本はその頃、戦国時代でしたが、イタリアのフィレンツェ共和国もさまざまな敵と戦っていました。ダビデ像は、フィレンツェの人々に勇気を与えるため作られたようです。ダビデがゴリヤテと戦う直前、相手を睨み付けている姿だそうです。(風呂場のポーズではありません。笑)左手に石投げ、右手に石を持っているとのこと。(タオルと石鹸ではありません。笑)裸なのはルネサンス彫刻の特徴で、古代ギリシアの彫刻を真似たためとのこと。5メートル以上あるこの作品は、フィレンツェのみならず世界中の人に感銘を与えたようで、同じサイズのレプリカがたくさん作られ、世界各地に置かれています。日本では長野県の美術館の他、東京の恵比寿駅近くのビル(道沿い)にもあるそうです。

 ダビデが一躍ヒーローになったのは、巨人ゴリヤテに勝利したからでした。それは、彼の奇跡的な人生のほんの一コマでした。神は、人の思いを遙かに超えた大きな計画を持っておられたのです。ダビデの子孫として神ご自身が生まれ、全人類の救い主となる計画です。イエス様は、その計画を実現しに来られました。エルサレムに入城し、驚くべき奇跡を成し遂げられたイエス様を今日、心からほめたたえましょう。

「群衆は、イエスの前を行く者たちも後に続く者たちも、こう言って叫んだ。『ホサナ、ダビデの子に。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。ホサナ、いと高き所に。』」(マタイ21:9)

|

« 救い主の奇跡を信じる | トップページ | 奇跡の人生を生きる »

礼拝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 救い主の奇跡を信じる | トップページ | 奇跡の人生を生きる »