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2019年9月22日 (日)

天与の幸いを証しする

 先週の礼拝には三浦綾子読書会顧問の長谷川与志充牧師が来られ、メッセージの中でご自身の証しを語って下さいました。小学生の頃いじめられ、中学生の頃どうしたら幸せになれるのか考え始めたという話でした。三浦綾子さんが書いた「塩狩峠」という本を通し、イエス・キリストと出会ったそうです。私も20代の頃、三浦綾子さんの本をよく読みました。数えてみると20冊以上も読んでいます。「塩狩峠」も、もちろん読みました。自分を犠牲にし、他の人の命を救った主人公の姿に、深く感銘を受けました。(ただ、私も主人公と同じように自分を犠牲にできるかというと、無理なように思いました。)私が三浦綾子の本を読み始めたのは、大学の頃出会ったクリスチャンの友人に勧められたからです。聖書と同時に「道ありき」という本を読むことを勧められました。それは小説ではなく、著者がなぜクリスチャンになったのかを書いた証しの本でした。

 三浦綾子さんは1922年、北海道旭川市に生まれました。小学校の先生になり、第2次大戦の頃、教壇に立ちました。当時の日本政府のいわば手先となり、軍国主義教育を子供たちにガンガン叩き込みました。ところが終戦後、それが大変な間違いだったことに気づきました。強烈な自己嫌悪に陥った綾子さんは、教師を辞めました。なげやりな生活をし、肺結核にかかり、ついには寝たきりとなりました。自殺を願う彼女のもとに遣わされたのは、幼馴染みで同じ肺結核を患う前川正というクリスチャンでした。彼の励ましと導きを通し、綾子さんは生きる希望を見出します。イエス・キリストを信じ、洗礼を受けました。その2年後、前川さんは与えられた使命を全うしたかのように病死しました。三浦綾子さんはその後40年以上、さまざまな病気と闘いつつ、77年間の人生を全うしました。クリスチャン作家として数々の小説やエッセイ等を書き、人間の罪や神の恵みについて証言しました。

 「道ありき」を読んだ頃、私も人生について思い悩んでいました。幸せとは何か、よく分かりませんでした。生きる意味を見い出せず、自殺することも考えていました。前川正さんは、虚無的だった三浦綾子さんに、旧約聖書の「伝道者の書」を読むように勧めたそうです。私もクリスチャンになる前、「伝道者の書」が好きで読んでいました。はっきり覚えていませんが、ひょっとするとそれは「道ありき」の影響だったのかもしれません。もしそうなら、そこには神の不思議なご計画があったのでしょう。伝道者(ソロモン王と言われる)が証しする「神を信じる幸い」を、私も見出すことができました。前川正、三浦綾子、そして大学の友人の証しも、それぞれ神が私のために備え、用いて下さったようです。


 創造主なる神は、私たちの人生全体にご計画をお持ちです。私たちを虐待し、不幸にする計画ではありません。一人ひとりを豊かに祝福し、幸せにする計画です。神は私たちを深く愛し、幸せにしたいと強く願っておられます。人類は創造主なる神から離れ、幸せとは何かを見失っていました。自分の好きなように生きたいと願い、その結果、本当の幸せが何か分からなくなっていました。イエス・キリストは、私たちに本来計画されている真の幸せを教えに来られたのです。それは第一に、愛に満ちた神とともに生きること。第二に、神の祝福を受け取ること。第三に、その祝福を周りの人と分かち合うことです。イエス・キリストを信じる人は、誰もが天から与えられる幸いを手にすることができます。その幸いを心から喜び、証しすることもできるのです。

「しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。」(マタイ13:16)


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