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2020年1月 5日 (日)

祝福の道を歩む

 皆さんは、今年をどんな年にしたいですか?ニューヨークでは毎年年明けに、ある場所が大混雑するそうです。サラダ専門店です。今年は健康的な食事をしようと、年明けに決意する人が多いのです。「ハンバーガーやピザなど、ジャンクフードは良くない。サラダを食べなきゃダメだ・・・。」そう考える人が、新年になるとサラダ店に殺到するとのこと。昨年は、あるサラダ店の店内がカオス状態になりました。店に入れない人が、100人以上行列しました。普段からヘルシーな食事をする常連客の中には、「大迷惑だ」と怒る人もいたようです。同じ頃、ファストフード店はガラガラになります。でもこの状態は、長く続きません。ほとんどの人は、またジャンクフードに戻るのです。(笑)ある調査によると、米国で新年の抱負をやり遂げた人は、わずか8%だったそうです。

 日本は、どうでしょう?日本でも毎年、多くの人が新年の抱負を掲げます。例えば「仕事や勉強を頑張る。貯金する。ダイエットや運動をする。趣味を充実させる。彼氏や彼女をつくる。結婚する」等です。私も若い頃、そんな抱負を掲げました。やり遂げたことも、挫折したこともあります。「私、失敗しないので」といえる人は、それほど多くはなさそうです。最後までやり抜く人は、日本では12%という調査があります。なぜ、抱負は実現しないのでしょう?いくつか理由が思い浮かびます。第1に、抱負が現実離れしている場合。それは抱負ではなく、奇跡を信じる信仰です。(笑)もちろん、時には奇跡も起きます!第2に、抱負が心からの願いでない場合。一年の途中で、抱負などどうでも良くなります。第3に、抱負より大事なことがあった場合。もちろんその時は、大事な方を優先します。そして第4に、神のみこころでない場合。神の許可なくしては、何も実現しません。

 実は聖書は、挫折話のオンパレードです。出てくるのは、「しくじり先生」ばかり・・・。ある年の初め、アダムとエバは、今年も楽園で楽しく暮らそうと思っていました。でもその年、彼らは大ちょんぼして楽園から追い出されました。エジプトを脱出した翌年の初め、ユダヤ人は「今年はいよいよ約束の地だ」と期待したはずです。でも彼らもやらかして、計画は40年後に先送りされました。約束の地に入ったユダヤ人は、これからは平和で豊かに暮らせるだろうと思い描きました。でも彼らもしくじり、外国の武装勢力に度々襲われました。多くの人が死に、一年の収穫を失う年が何度もありました。ある年の正月、彼らは多くの日本人のように偶像の神々に手を合わせ、家内安全や商売繁盛を祈ったかもしれません。でもその年、彼らの国は滅び、多くの人が着の身着のまま、知らない国に連れ去られたのです。バラ色の一年にならなかった理由は、何だったのか。彼らが創造主なる神から離れ、祝福の道から外れたからです。

 アダムとエバ以来、全ての人が祝福の道からそれた生き方をしていました。イエス・キリストは、迷子になった私たちを祝福の道に連れ戻しに来られたのです。祝福の道を見分け、その道を歩き続ける力も与えて下さいました。聖霊の力です。イエス・キリストを信じる人は、聖霊の助けにより、祝福の道を歩むことができます。聖霊の導きにより、新年の抱負を立てられます。そして聖霊の力により、最後までやり抜くことができるのです。

「律法学者たちやパリサイ人たちはモーセの座に着いています。ですから、彼らがあなたがたに言うことはすべて実行し、守りなさい。しかし、彼らの行いをまねてはいけません。彼らは言うだけで実行しないからです。」(マタイ23:2-3)

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