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2020年2月 2日 (日)

すべての人に真理を知らせる

 一休宗純、通称「一休さん」という、好感度の高い昔のお坊さんがいます。600年ほど前の人です。京都生まれで、天皇の隠し子とも言われています。6歳で禅宗のお寺に弟子入りし、13歳頃から豊かな才能溢れる詩人として、京の都で評判が高まったそうです。大人になると、型にはまらない奇抜な行動が人々の記憶に残りました。没後200年以上経った江戸時代、子供の頃の一休さんを描いた物語が作られました。小さな子が大人顔負けの活躍をする話です。今だと、コナンかチコちゃんみたいなキャラでしょうか?これが大ウケし、絵本や紙芝居が作られ、何百年も語り継がれました。テレビの時代が来ると、アニメやドラマも作られました。私も昔、アニメを見ました。主題歌の出だしはインパクトがありました。(♪~好き好き好き好き好き好き 愛してる 」でしたね。笑)NTTドコモのCMにも一昨年、登場しました。ドコモのCMでは細川たかしさんが替え歌を歌い、そちらもインパクトがありました。


 この一休さんの作品と言われる、こんな和歌があります――「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月をこそ見れ」。意味は、こうです。「山に登る道はいろいろ異なっても、山頂に行けば、見えるのは同じ一つの月だ。」月は、真理を意味するとも考えられています。つまり、どんな道を選んでも、最終的には同じ一つの真理に至るという考え方です。神道でも仏教でもキリスト教でもイスラム教でも、何でも良い。それ以外でも良い。登ってさえ行けば、結局は同じ一つの真理に至るという考え方です。こう考える人は、日本で結構多いかもしれません。「そう考えれば、他の信仰を持つ人とも仲良くできる」と言う人もいます。「余計な言い争いをしなくて良い。戦争にもならない。クリスチャンやムスリムは、自分の信仰にこだわるから戦争が起きる」云々・・・。でも、そんな考え方でうまく説明できないことが一つあります。最後に誰もがたどりつく真理とは、一体何かということです。

 ある一つのことが真理なら、それと違う話は真理ではありません。八百万の神々の教えがもし真理なら、唯一の神の教えは真理でないことになります。逆に唯一の神の教えが真理なら、八百万の神々の教えは真理ではありません。聖書は、唯一の神がこの世界を造り、人類をも造られたと教えています。人は唯一の神に逆らい、多くの偽の神々を信じ始めたとも記しています。それは大きな過ちだと、聖書は断言しているのです。その過ちから人類を救う計画を、神は立てられました。唯一の神の真理を、全世界に知らせる計画です。4千年ほど前、メソポタミアにいたアブラハムに神は語りかけられました。その地域の人々も、偽の神々を拝んでいました。その過ちから、アブラハムは救われたのです。神は彼に唯一の神の真理を教え、子孫にその教えを代々受け継がせました。

 イエス・キリストは、この真理を世界中の人に知らせに来られました。キリストこそが、真理に至る唯一の道です。他に道はありません。神道も仏教もイスラム教もヒンズー教も、唯一の真理には達しません。その他、人が考え出したあらゆる教えも同じです。イエス・キリストだけが真理への道なのです。

 クリスチャンは考え方が狭いと、批判する人もいます。そう言われても「気にしない、気にしない。」(笑――アニメ「一休さん」の決まり文句です。)それはクリスチャンが考え出したことではなく、創造主なる神の教えだからです。真理へと続く、ただ一筋の細く、狭い道――このキリストの細道をたどれば、唯一の真理の頂に達します。山道の至る所には、イエス様の休憩所が用意されています。疲れた人は、いつでもそこで「一休み、一休み」できるのです。

「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。」(Ⅰテモテ2:4-5)

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