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2020年5月 3日 (日)

神の救いを体験する

 今年は、4年に1度のオリンピックが1年延期と決定されました。ドイツでは、10年に1度のイベントが2年延期されたそうです。オーバーアマガウ村で行われるキリスト受難劇です。オーバーアマガウはドイツ南部、オーストリア国境近くの小さな村で、人口5,000人余り。アルプスの山々に囲まれた、静かで美しい村とのこと。でもこの小さな村には、10年ごとに50~75万人もの人が世界中から押し寄せて来ました。村人の約半数が出演し、キリストの苦難、十字架、復活を演じる野外劇を見るためです。公演期間は、5月から9月か10月まで。上演時間は、前後半合わせて5時間。間に3時間の夕食休憩が入るそうです。世界中から来る人のため、ホテルやショップ、レストラン等ももちろんあります。この受難劇は、村が10年がかりで準備する一大イベントなのです。

 受難劇の始まりは、約400年前に欧州で起きたペストの感染爆発がきっかけでした。4人に1人が亡くなったようです。オーバーアマガウ村にも、80人の死者が出ました。危機感をもった村人たちは神に救いを求め、こう祈りました。「もしこれ以上死者が出なければ、私たちは10年ごとにキリスト受難劇を上演します。」それは1633年のことで、欧州は30年続いた大戦争の最中でもありました。神は、村人の祈りに応えられました。彼らが祈った後、死者は出なかったそうです。受難劇は翌年から始まり、これまでずっと続いて来ました。中止や延期は、戦争等があった3回のみ。村人たちは400年間、忠実に誓いを守って来たのです。主催者は、こう言っています。「村人たちは、この誓いを果たし続けます。」ペストから神に救われた経験を、彼らはいつまでも忘れないようです。

 旧約の時代、神がもたらした最大の救いは、出エジプトでした。エジプトの奴隷生活から、ユダヤ人たちが奇跡的に解放されたのです。その特別な体験は、今も多くのユダヤ人が毎年3回はお祝いしています。いわゆる3大祭りの時です。「過越の祭り」では、家族で一緒に子羊の肉を食べ、子羊の血による救いを記念し、感謝します。「ペンテコステの祭り(七週の祭り・五旬節)」では、徹夜で律法を学ぶそうです。エジプトを出た後、シナイ山で授けられた律法を感謝する時です。「仮庵の祭り」では、仮小屋の中で時間を過ごします。荒野のキャンプ生活を思い、神の守りと祝福を感謝するのです。ユダヤ人は、全人類の代表として神に選ばれました。出エジプトの歴史とその記念行事は、全世界の人に重要な真理を伝えています。「神は危機から人を救う」という真理です。

 イエス・キリストは、全ての人を救うために来られました。アダムとエバ以来、全人類は罪の奴隷になりました。その呪いから私たちを解放するため、イエス様は過越の子羊になり、十字架で血を流して下さいました。全ての律法と預言を成就し、神に従う新たな道を示して下さいました。荒野を突っ切るように地上の働きを完了し、今は天で私たちの永遠の住まいを用意しておられます。イエス・キリストを信じる人は、誰でも罪や死の呪いから救われ、神の永遠の家に住む特権が与えられます。地上では、さまざまな苦難があります。でも私たちの心は、神の平安で満たされます。聖霊の助けにより、私たちは神の救いを体験できるからです。

 今日はモーセが生きた時代を振り返り、神の救いについて考えてみましょう。

 第一に私たちは、束縛からの救いを体験できます(出エジプト2:23)。ユダヤ人たちは、エジプトで奴隷の身分に落とされました。強制的に重労働をさせられ、自由はありませんでした。彼らは、疲れ果てていました。どこにも逃げ場がありませんでした。頑張って働けば、いつか生活が良くなるとも思えませんでした。どん底の中でできたのは、ただ上を見上げることでした。彼らの先祖アブラハム、イサク、ヤコブが信じた神を見上げ、こう叫んだのです。「神様、どうか助けて下さい。」その叫びは、神に届きました。私たちも今、大きな束縛の中に置かれています。自由な生活ができません。前より忙しくなり、疲れている人がいるかもしれません。心が折れそうな人もいるかもしれません。この非常事態がいつどのように終わるのか、誰にも分かりません。私たちが今できるのは、上を見上げ、神の助けを求めることです。神は、私たちの祈りを必ず聞いておられます。

 神は、ユダヤ人たちの必死の祈りに応えられました(出エジプト15:2)。数々の奇跡を起こし、彼らをエジプトから脱出させて下さいました。彼らを追って来た軍勢は紅海の水に沈み、全滅しました。神は、ユダヤ人をエジプトの脅威から完全に解放して下さったのです。ユダヤ人たちは神の救いを喜び、賛美の歌を歌いました。私たちも、コロナウィルスの束縛から神が救って下さいます。神は、今でも奇跡を行われます。私たちに迫り来るウィルスを撃退して下さいます。ウィルスへの恐れから、私たちを完全に解放して下さいます。ユダヤ人たちと同じように私たちは救いを体験し、心から神を賛美するようになるのです。

 第二に私たちは、混迷からの救いを体験できます(出エジプト32:4)。エジプトを脱出したユダヤ人は、烏合の衆でした。モーセがいないと、何をし出すか分かりませんでした。彼らは、モーセの兄アロンに偶像を造ってくれと頼んだのです。アロンは人々から金のアクセサリーを集め、それで子牛の像を造りました。ユダヤ人は完成した像を見て、こう言いました。「これが、私たちをエジプトから救った神々だ。」彼らは、混迷の中にいたのです。創造主なる神の教えがないと、人々は道を見失います。何でもいいから神にして拝みます。太陽や月、山や海、大木や動物等、何でもです。鰯の頭を拝む人もいるかもしれません。全てを造られた神を見失うと、人々は混迷を深めるのです。

 神はモーセに、みことばを授けられました(出エジプト34:1)。十戒の石版を神から頂くのは、これが2回目でした。シナイ山の頂でモーセが最初の石版を受け取った時、麓にいた人々は金の子牛を造っていました。「偶像を造ってはならない」という十戒の教えに、完全に反したことをしていたのです。金の子牛を見たモーセは持っていた石版を投げ捨て、粉々にしました。それは、神との契約が破られたことを象徴していました。でも憐れみ深い神は、2度目のチャンスを下さったのです。ユダヤ人たちは、もう一度神と契約を結び直すことができました。神のことばに導かれ、混迷から救われるチャンスを得たのです。私たちも、愚かな生き方をして来たかもしれません。でも神のことばであるイエス様は、どんな人をも混迷から救って下さいます。この救いの体験を、私たちは周りの人にも証言できるのです。

 第三に私たちは、破綻からの救いを体験できます(民数記14:3)。ユダヤ人たちは、約束の地の一歩手前まで来ました。そこで神は、彼らに偵察隊を送れと命じられました。各部族のリーダー12名です。カナンの地は、荒野と全く違いました。水が流れ、緑に溢れ、作物が豊かに実る土地でした。でもそこには、怖そうな人々が住んでいました。12人のうち10人は、あそこに行くのは無理だと主張しました。それを聞いたユダヤ人たちはカナン行きを中止し、エジプトに戻ろうと言い出したのです。彼らは神のさばきに遭い、疫病で全滅しそうな危機に陥りました。神の救いの計画は、破綻しそうだったのです。神の約束を信じなければ、神からの祝福は受け取れません。神の救いの計画を体験できないのです。

 信じなかった人々は、約束の地に入れませんでした(民数記14:33)。その代わり神は、約束を信じる新たな世代を40年かけて育てると言われました。荒野は、彼らの訓練センターになったのです。私たちも今、荒野の生活のような困難を強いられているかもしれません。でも神はこの機会を用い、私たちを訓練して下さいます。人はパンだけで生きるのではなく、神のことばにより生きることを知る訓練です(申命記8:3)。私たちの訓練は、ひょっとしたらもっと短く済むかもしれません。訓練の末には、神が永遠の約束の地を私たちにも用意されています。信じる人には、神の救いの計画が実現します。私たちは、破綻から救われる経験ができるのです。

イエス様は、私たちに神の救いのチャンスを与えて下さいました。イエス・キリストを信じる人は、聖霊の助けを受け、あらゆる危機から救われる体験ができるのです。ハレルヤ!

「わたしが下って来たのは、エジプトの手から彼らを救い出し、その地から、広く良い地、乳と蜜の流れる地に、・・・彼らを導き上るためである。」(出エジプト3:8)

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