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2020年5月17日 (日)

天の家で「ステイホーム」する

 今は、世界中で多くの人が「ステイホーム」――家にとどまる生活を続けています。通常の大災害では、多くの人が近所の避難所等に逃げ込みます。所沢市は地震、洪水、大規模火災等のため、学校のグラウンドや公園など66カ所を屋外の避難場所に指定しています。体育館等も、屋内の避難所として開放されます。しかし、ウィルスの感染爆発では、そのような避難所が利用できません。大勢の人が一カ所に集まると、かえって危険だからです。非感染者の避難先は、自分の住まいです。必要な時は多少の危険を冒し、外に出ることもあります。仕事や生活必需品の買い物、気分転換の散歩やジョギング等です。でもそれ以外は、家に閉じこもる生活になっています。家が避難所だからです。

 ステイホームで大変だという声が、あちこちから聞こえて来ます。仕事のない人は、経済的な危機です。子供が勉強せず、学力の遅れを心配する親もいます。夫がいつも一緒の生活に慣れないという、妻たちの声も耳にします。家族全員の食事を毎日3食用意するのが苦痛だ、という話も聞きます。家に子供がいるため、テレワークだと仕事がしにくいという人もいます。ストレスがたまったり、うつになる恐れも指摘されています。家族関係が微妙だったり、DV(家庭内暴力)等がある場合は、なおさら大変です。

 ところが、ステイホームが嬉しい人も中にはいるようです。内向的でインドア派の人たちです。気乗りのしない集まりに参加せず、自分だけの世界に没頭できるのが幸せとのこと。米国のある女優は、こう言っています。「私は、悪名高き引きこもりです。どこにも行きたくない時はいつも言い訳して来たけど、今はそうしなくて良い。突然私は、生まれて初めてクールな人物になったのです。」

 旧約の時代、人々はさまざまな場所に避難しました。ノアの家族は、箱舟に避難しました。アブラハムやヤコブの家族は飢饉の時、食糧備蓄のあるエジプトに避難しました。モーセたちは命を守るため、家に羊の血を塗り、ステイホームしました。ダビデは指名手配された時、洞穴を住まいにし、身の危険を避けました。(一番下に引用している詩篇27篇は、ダビデが書いたとされています。)数々の避難体験を通し、ユダヤ人たちは、最高の避難所がどこにあるかを悟りました。どんな災いも避けられるのは、天地創造の神がおられる場所です。全知全能の神には、どんな災いも退ける無敵の力があるからです。

 天の神の避難所に通じる唯一の道は、イエス・キリストです。イエス様を信じるなら、どんな人もそこに身を避けることができます。最高の避難所の情報をシェアし、他の人の避難を手伝うこともできます。天の避難所は、全世界の人が集う大きな家です。ウィルスから完全に遮断された、極めて安全なグリーンゾーンです。不安もストレスもDVも、一切ありません。天の神の家でステイホームする人は、永遠の幸せに満ちた「クールな生き方」を満喫できるのです。

 イエス様は、私たちに天の家で「ステイホーム」する恵みを与えて下さいました。今日はダビデの人生を通し、天の家の隠れ場=避難所について考えてみましょう。

 第一に天の家は、戦いの時、私たちの隠れ場になります(Ⅰサムエル17:8-9)。ユダヤ人がカナンを占領した後、何百年にもわたりイスラエルに敵対した、ペリシテ人という人々がいました。彼らは、カナンの地中海沿岸に住んでいました。士師の一人サムソンは彼らと戦い、命を落としました。預言者サムエルの時代には、契約の箱が一時ペリシテ人に奪われました。彼らはイスラエルの強敵であり、宿命のライバルでした。実は神は、ユダヤ人の霊的訓練のため、ペリシテ人を用いられたのです。戦いの中で、天の隠れ場に身を避ける訓練でした。ペリシテの最強戦士ゴリヤテが現れた時、イスラエルは彼らの奴隷になる危機に直面していました。代表戦士の一騎打ちで勝敗を決し、敗者の国が勝者の国の奴隷になるという戦いでした。ゴリヤテの強さを知るユダヤ人兵士たちは、誰も名乗り出る勇気がありませんでした。

 たった一人その勇気があったのは、羊飼いの少年ダビデです(Ⅰサムエル17:45-47)。彼は、兵士ではありませんでした。父のおつかいで、戦場にいた兄たちに差し入れを持って来たのです。戦争は初めてでしたが、彼は熊やライオン等の猛獣と戦ったことがありました。それらの戦いを通し、ダビデは天の隠れ場に身を避けるコツを学んだのです。どんな危機が迫っても、彼は神を見上げることができました。神が必ず救って下さると、彼は信じていました。その信仰により、ダビデは国運をかけた戦いに勇気を持って臨み、みごと勝利を収めました。勝利の秘訣は、天の家の隠れ場を知っていたことです。私たちにも、さまざまな戦いがあります。目の前の危機から逃げたいと思う人もいるかもしれません。でも私たちは、ダビデのように天の家の隠れ場を見上げることができます。私たちを救う神を信じ、戦いに勝利できるのです。

 第二に天の家は、忍耐の時、私たちの隠れ場になります(Ⅰサムエル18:8-9)。ダビデが華々しく活躍し出すと、妬む人がいました。時の国王サウルです。サウルは権力を私物化し、ダビデを抹殺しようとしました。究極のパワハラの危機です。ダビデは指名手配され、追われる身になりました。彼が一時避難した場所は、アドラムの洞穴でした。そこはダビデの故郷ベツレヘムから西に20キロ、ゴリヤテに勝利したエラの谷から南に3キロの地点でした。洞穴に身を潜めていると、隠れ場を求める人たちが続々と集まって来ました。なんと、400人の大集団になりました。ダビデ一人の静かな隠れ家生活は、賑やかな共同避難生活に変わったのです。彼らは、サウル王のパワハラをダビデとともに忍耐してくれる仲間になりました。

 この逃亡生活で、ダビデはサウルを暗殺するチャンスが2回ありました(Ⅰサムエル24:6)。でもダビデは、2回とも手を下しませんでした。こう考えたからです。「たとえどんなに極悪の指導者でも、サウルを国王に選んだのは神だ。だから自分は、その神の決定にあくまでも従う。いつか神は、サウルを王座から取り除かれる。それは神ご自身がなさることであり、自分がすることではない。」ダビデは、その時を待ち続けました。忍耐が強いられる中、神を見上げ、天の家の隠れ場で自制心を養いました。私たちも今、忍耐の中にあります。ウィルスの強力な感染力により、洞穴に身を潜めるような生活になっています。ウィルスがなぜそんな力を持ったのかは、分かりません。でも神は、いつかその感染力から私たちを解放して下さいます。私たちは、天の家の隠れ場で自制心が養われ、この忍耐生活を克服できるのです。

 第三に天の家は、悔い改めの時、私たちの隠れ場になります(Ⅱサムエル12:10)。ダビデはその後、イスラエルの王になり、絶頂期を迎えました。彼の子孫が永遠の国の王になるという素晴らしい約束も、神から頂きました。(イエス・キリストのことです!)ところが彼は、そこで大きな罪を犯します。家来の妻を奪い、その夫を殺させたのです。ダビデは絶大な権力を手にし、地上の立派な王宮に住むようになり、天の家の麗しさを見失っていました。神は王宮に預言者ナタンを遣わし、ダビデの家に災いが来ると告げられました。ダビデは自ら蒔いた種により、自分の命を失い、家庭も崩壊する危機を迎えていたのです。

 その時ダビデは、すぐに罪を告白し、心から悔い改めました(Ⅱサムエル12:13)。彼は、天の家の隠れ場を思い出したのです。それが、サウルとの大きな違いでした。神はダビデの罪を赦し、彼に再出発のチャンスを与えられました。彼の家に災いは来ましたが、ダビデ自身は国王として生涯を全うできました。彼の心が天の家の隠れ場に戻り、神との関係が回復したからです。人間誰しも失敗します。時には、罪を犯すこともあるかもしれません。でもそんな時は、天の家の隠れ場を思い出して下さい。天を見上げ、心から悔い改めるなら、神は赦して下さいます。その時神は、天の家を再び私たちの隠れ場にして下さるのです。

 イエス様が下さった、天の家で「ステイホーム」する恵みを感謝しましょう。

「一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私のいのちの日の限り 主の家に住むことを。・・・それは 主が 苦しみの日に私を隠れ場に隠し その幕屋のひそかな所に私をかくまい 岩の上に私を上げてくださるからだ。」(詩篇27:4-5)

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