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2020年6月14日 (日)

危機はチャンスに変えられる

 新型コロナ感染症の特効薬として、「アビガン」という薬が候補の一つに挙がっています。タミフルに代わる新しいインフルエンザ薬として、日本で開発された薬です。強い副作用があり、コロナ感染症への効果もはっきりしないため、日本ではまだ正式に承認されていません。この薬を作っているのは、富士フイルムの子会社、富士フイルム富山化学のこと。会社名を見た時、私は意外に思いました。「なぜ富士フイルムのグループ会社で、薬を作っているのか」と思ったのです。実は富士フイルムは、大きな危機をチャンスに変え、医薬品まで手掛ける会社になったそうです。

 富士フイルムは、写真フィルムのメーカーとして1934年に設立されました。世界的なトップメーカー・米国コダック社との技術提携が拒否されたため、独自に写真フィルムを開発したそうです。1960年代には、高度経済成長でカメラとフィルムが大売れし、「お正月を写そう」というテレビCMがその頃から始まりました。1986年からは、「写ルンです」という使い捨てカメラが大ヒット。ところがデジカメの登場で、写真フィルムは売れなくなりました。コダック社はデジカメを初めて製造した先頭グループにいましたが、全社的にはデジタル化の波に乗り遅れ、2012年に倒産。一方の富士フイルムは1980年代からデジタル化の動きを予測し、3つの戦略を立てたそうです。一つ目はデジカメの開発等、デジタル分野への展開。二つ目はアナログ技術の高度化。三つ目は新規事業への進出。自分たちの技術的な強みを活かし、医療や化粧品等、新たな分野に進出しました。そして富士フイルムは、破綻の危機を乗り越えました。顧客を一斉に失う危機が、新たな顧客を創り出すチャンスに変わったのです。

 聖書にも、神がさまざまな危機をチャンスに変えられた記録をたくさん見ることができます。エジプトの牢屋に入ったヨセフは、そこで一生を終える危機にありました。でも神はその危機を、ヨセフの生涯が輝くチャンスに変えられました。エジプトの奴隷だったユダヤ人は、その地で絶滅する危機にありました。でも神はその危機を、彼らが救いを知るチャンスに変えられました。エジプトを脱出したユダヤ人は、荒野で餓死する危機にありました。でも神はその危機を、ご自身の愛と忠実さを教えるチャンスに変えられました。国が滅び、ユダヤ人が世界中に散らされた時、彼らは神を忘れる危機にありました。でも神はその危機を、またもやチャンスに変えられました。偶像の神々を信じる国々で、ユダヤ人が天地創造の唯一の神を宣べ伝えるチャンスになったのです。

 イエス様は、十字架の危機を復活のチャンスに変えられました。その後、弟子たちにも迫害の危機が訪れました。彼らは各地に散らされ、エルサレムで集まりが持てなくなりました。多くの人が一カ所に集まれない状況は、今の教会と共通しています。でも神は、その重大な危機を神の国が広がるチャンスに変えられました。弟子たちはエルサレムからユダヤ、サマリア、地の果てにまで向かい、神の国の福音を伝えたのです。弟子がいなくなる危機は、世界中で新たな弟子づくりが進むチャンスに変わりました。

 神は、どんな危機もチャンスに変えることができます。今日は初代教会の歩みを通し、危機はどんなチャンスに変わり得るのか考えてみましょう。

 第一に危機は、新たな機会を見出すチャンスに変わります(使徒8:1)。弟子たちがエルサレムを追われたのは、ステパノの殉教がきっかけでした。ステパノは食卓の奉仕をするリーダーの一人でしたが、伝道者でもありました。奇跡のみわざを行い、力強くみことばを語りました。するとある人たちが偽りの証言をし、ステパノは逮捕されたのです。裁判の場で、ステパノは雄弁に語りました。人々の罪を指摘し、天におられるイエス様が約束のメシアだと断言しました。それを聞いた人々は怒りを爆発させ、ステパノを虐殺しました。それでも彼らの怒りはおさまらず、他のクリスチャンたちに矛先が向かいました。教会を荒らし、クリスチャンを家から引きずり出し、牢屋にぶちこんだのです。使徒たち以外のクリスチャンは、ほとんどの人がエルサレムから避難しました。教会がなくなってしまう危機でした。

 しかしこの危機は、チャンスに変わりました(使徒8:4-5、26-27)。散らされた人々は行った先々で福音を宣べ伝え、新たな弟子づくりを始めたのです。エルサレム周辺のユダヤの地、その北のサマリアの地でも、弟子づくりが始まりました。ピリポも、サマリアで伝道を始めた一人です。もともと彼はステパノのように、エルサレムで食卓に奉仕するリーダーの一人でした。サマリアでは多くの人がピリポの話を聞き、奇跡を見て、イエス様を信じました。すると次にピリポは南の荒野に導かれ、エチオピア人を弟子にしました。エルサレムの危機を通し、弟子たちはユダヤ、サマリア、さらにエチオピアにまで福音を伝える機会を見出したのです。今のコロナ危機も、何か新たな機会を見出すチャンスに変わるかもしれません。オンラインの弟子づくりも、神に大きく用られることを期待しましょう。

 第二に危機は、拠点を広げるチャンスに変わります(使徒9:31)。エルサレムだけにあった教会は、危機を通して他の場所に拠点が広がりました。パウロが弟子になったのも、教会にとって大きな励ましだったはずです。パウロは、教会迫害の最前線にいました。クリスチャンを次から次へと捕まえ、牢屋に入れていました。ところがそのパウロが突然イエス様を信じ、クリスチャンになったのです。教会の人にとっても、教会に敵対する人にとっても、驚くべき出来事でした。クリスチャンたちは、神に不可能がないことを実感したはずです。こうして使徒たちのいるエルサレムの他、ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの各地に教会の拠点が増え広がって行きました。私たちも今、教会堂以外の拠点が増えているようです。一カ所に集まっていた教会が、オンラインでつながった家の教会のネットワークのようになっています。

 初代教会のネットワークは、拡大を続けました(使徒11:20)。弟子たちはさらに北上し、シリアのアンティオキアまで行きました。その地でユダヤ人だけでなく異邦人に対する伝道も始まり、多くの人が弟子になりました。するとエルサレム教会からバルナバが派遣され、新たな弟子たちにみことばを教えました。パウロも、バルナバのアシスタントとして奉仕しました。アンティオキアの教会は成長し、大飢饉の時は、エルサレム教会を救援物資で支援するまでになりました。シリアにも、弟子づくりの新たな拠点ができたのです。私たちの教会も、会堂以外の場所に弟子づくりの拠点が増えているようです。これまでも、さまざまな場所で「ミニチャーチ」(小グループの集まり)が開かれて来ました。インターネット等の活用により、今の危機が拠点を広げるチャンスに変わることを期待しましょう。

 第三に危機は、人を送り出すチャンスに変わります(使徒13:2)。アンティオキアの教会は、バルナバとパウロを宣教旅行に送り出しました。迫害前のエルサレム教会は、自分たちから進んで誰かを宣教に送り出すことはしませんでした。弟子たちがエルサレムの外で宣教を始めたのは、町を追われたからです。その後、彼らはユダヤ人だけでなく、異邦人をも弟子にし始めました。それらの体験を通し、弟子たちは人を送り出す重要性を理解していたはずです。聖霊の声を聞いた時、アンティオキアの弟子たちはその導きに素直に従いました。バルナバとパウロは、聖霊がガイドを務める「地の果てツアー」に参加したのです。(ツアー名は、ちょっと怖そうかな?笑)

 さまざまな地を巡った後、パウロはとうとうローマに到着しました(使徒28:30-31)。帝国の首都、当時の世界の中心でした。パウロは、そこでも弟子づくりに励みました。ユダヤ人に拒否されると、異邦人に福音を伝えました。家を借りた時は、そこを拠点にみことばを語りました。投獄された時は、そこから手紙を書き送りました。牢獄に訪れた人をどこかの教会に遣わすこともしました。アンティオキアから送り出されたパウロは世界の中心で福音を伝え、全世界に弟子を送り出したのです。今は、私たちが送り出す番です。神は私たちの危機も、人を送り出すチャンスに変えて下さいます。新たな地で弟子づくりが始まるチャンスに変えられるのです。

 神が、私たちの危機をチャンスに変えて下さることを感謝しましょう。私たちは新たなチャンスを活かし、前に進んで行きましょう。

「散らされた人たちは、みことばの福音を伝えながら巡り歩いた。」(使徒8:4)

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