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2020年7月19日 (日)

天の祝福の管となる

 日本は、世界平均の2倍の雨が降るそうです。インドから東南アジア、東アジアまでの広い地域は「モンスーン・アジア」と呼ばれ、日本はその東端にあります。モンスーン・アジアは、モンスーンと呼ばれる季節風が吹き、降水量の多い地域になっています。豊富な雨水を利用し、水田でお米が作られる風景は、この地域特有です。田んぼから得られる豊かな収穫により、多くの人々の食糧がまかなわれます。同じ場所がずっと利用できるので、食糧は安定的に供給可能です。田んぼを潤す雨水は、天から注がれる大きな祝福ですね。

 ただ今年の豪雨のように、記録的な大雨が降り続くと、大きな問題が発生します。浸水や土砂災害で家や仕事場を失う人、地域が孤立する人、さらに命を落とす人もいます。被災した方々や危険な地域のため、続けてお祈りしています。

 一方、日本には昔から水の足りない地域もありました。所沢も、その一つです。所沢は、入間川と荒川、多摩川に挟まれた武蔵野台地の北西部に位置しています。広大な武蔵野台地の中で、一段高い場所です。非常に水はけが良く、大きな川もないため、昔の人たちは深い井戸を掘りました。弘法大師・空海が旅の途中に立ち寄り、井戸掘りの場所を教えたという伝説もあります。(西所沢の西友の裏がその辺りだそうです。)うどんや団子が名物になったのも、田んぼを作れなかったからです。

 所沢に上水道が初めて整備されたのは、日中戦争が始まった1937年でした。地下水を汲み上げて、各家庭に供給しました。ところが第2次大戦後、人口が増えると、地下水の過剰採取で地盤が沈下。そこで1974年からは、別の水源から水を引きました。荒川や利根川の水を使う、埼玉の県営水道です。今は地下水1割、県の水9割だそうです。所沢に限らず、首都圏の水は、ほとんど荒川と利根川が水源だそうです。もちろん河川の水も地下水も、もともとは雨水です。天から注がれた祝福により、私たちは生かされているのです。

 天から注がれる祝福は、他にもあります。その一つは、天地創造の神のみことばです。神は、人類の代表としてアブラハムを選び、彼にこんなことばを掛けられました。「あなたとあなたの子孫により、全人類が祝福を受ける。」アブラハムとその子孫は、神のメッセージを人々に届ける祝福の管とされたのです。

 ヨセフやモーセは、エジプトの王宮に神のことばを届けました。ナオミは、モアブ人ルツに神のことばを教えました。ダビデは、ゴリヤテとペリシテの軍勢に神のメッセージを伝えました。ソロモンは、シェバの女王に神の知恵を語りました。預言者ヨナは、ニネベのアッシリア人に神の警告を伝えました。ユダヤ人の国が滅んだ後も、みことばを届ける働きは続きました。彼らは敵地バビロニアに遣わされ、その国に天の祝福を届ける管となったのです。それは、彼らが全く考えもしなかった新しい生活様式でした。

 イエス・キリストを信じる人は、天の祝福の管とされます。一人ひとりが、天の御国から地上の各地に祝福を届ける働きを委ねられます。日本に遣わされている人もいます。日本は、水に恵まれた国です。所沢のような土地でも、地下や遠くの河川から水を引くことができます。でも残念ながら、神のことばの祝福は、日本の多くの人にまだ届いていません。99%の人が、この素晴らしい天の祝福を受けずにいます。霊的な水涸れ、霊的脱水症で、多くの人が永遠に命を失っています。

 私たちは今、オンラインの世界に捕囚されたような困難な状態にあります。でもこの新しい生活様式の中、天の祝福を人々に届ける大切な役割を担っているのです。今日はエレミヤ29章を開き、私たちはどのように管の働きをするのか考えてみましょう。

 第一に私たちは、神へのとりなしを通して天の祝福の管となります(エレミヤ29:4-6)。多くのユダヤ人は、彼らの国が滅ぶはずはないと考えていました。天地を造られた全地全能の神が、彼らを選ばれました。エジプトから奇跡的な方法で、彼らを脱出させて下さいました。荒野の訓練の後、約束の地を受け継がせて下さいました。ダビデ王朝を確立させ、平和と繁栄を築いて下さいました。彼らの国を通し、世界中に神の栄光が輝くはずでした。だからどんな敵が来ても祖国は敗れたり滅びたりしないと、多くのユダヤ人が信じていました。

 ところが彼らの国はあっさり滅び、多くの人が敵地に連れ去られました。それどころか神は、エレミヤを通してさらに驚くべきメッセージを語られたのです。「神ご自身が、彼らをバビロンに引いて行かせた」というメッセージです。ユダヤ人は神との契約を破り、約束の地から追い払われました。でも送り込まれた敵地で、彼らにはやるべきことがあったのです。そこで平和な暮らしをし、生き延びること。そしてもう一つ、彼らには果たすべき重要な使命がありました。

 それは、敵国の平安を祈ることでした(エレミヤ29:7)。この「平安」と訳された言葉は、ヘブル語の「シャローム」です。全てが満ち足りて何も欠けたところがない、完全さを表す言葉です。それは、敵意や憎しみのない状態、恐れや不安のない状態、苦しみや乏しさのない状態、そして、満ち足りた喜びと平安のある状態です。

 この完全さを与えて下さるのは、もちろん天地創造の神です。バビロニアの人々が信じていた偶像の神々ではありません。ですからバビロニアの平安を祈るとは、彼らの救いを求めることでした。彼らが偶像礼拝から救われ、天地創造の神だけを信じるように求める祈りでした。ユダヤ人はこのとりなしの祈りをするため、バビロニアに遣わされたのです。私たちも今同じように、日本の平安を祈る使命が与えられています。とりなしの祈りを通し、私たちは天の祝福の管となるのです。

 第二に私たちは、神への信仰を通して天の祝福の管となります(エレミヤ29:8-9)。ユダヤ人の中には、間違った教えを説く偽預言者たちがいました。捕囚が起きる前には、バビロニアとの戦争に必ず勝利すると、偽預言者は語りました。捕囚が起きた後は、すぐ祖国に帰れると、彼らは語りました。厳しい現実を見たくない人々は、悪霊の影響を受けた占い師にも頼りました。自分たちが見た夢を語る人もいました。多くの人は厳しい現実の話ではなく、楽観的な見通しを聞きたかったのです。コロナ感染が世界中に拡がる今の状況と似ています。神は、間違った情報ではなく、正しい情報を選び取りなさいと言われています。全知全能の神を信じる人は、聖霊と聖書を通し、天の声を聞き分ける祝福を手にしています。

 バビロニアへの捕囚は、神の計画でした(エレミヤ29:10-11)。70年間の予定でした。それはユダヤ人たちが自分たちの犯した罪を自覚し、悔い改める期間でした。唯一の神への信仰を回復し、約束の地に帰る準備をする期間でした。さらにバビロニアやペルシアの人々に創造主なる神への信仰を伝え、彼らを祝福する期間でもありました。預言者ダニエルやシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴのように、敵国の王宮で信仰を証ししたユダヤ人もいました。天地創造の神を信じ、その信仰を伝えた人々に、神は将来と希望を用意しておられました。異邦人の平安を求めたユダヤ人に、神は平安の計画を立てておられたのです。救い主イエスを信じる人にも、神は平安の計画を用意されています。私たちはこの神への信仰を宣べ伝え、祝福の管となることができるのです。

 第三に私たちは、神との親密さを通して天の祝福の管となります(エレミヤ29:12-13)。捕囚の前、多くのユダヤ人は神との関係が切れていました。彼らは、周りの国々と同じように偶像を拝んでいました。でもユダヤ人が方向転換し、神を求めるなら、親密な関係は回復すると、神が約束して下さいました。切れていた関係が修復され、ユダヤ人たちは再び神と親しくお話できたのです。イエス・キリストを信じる人は、聖霊が心のうちに住んでおられます。私たちは聖霊を通し、いつでもどこでも神と親しくお話することができます。この素晴らしい祝福を周りの人と分かち合うこともできます。

 神は、ユダヤ人たちを元の場所に帰すと約束されました(エレミヤ29:14)。それは、彼らが先祖から受け継いだ土地でした。ヨシュアとともに先祖たちが、神への変わらぬ愛を誓った場所です。ユダヤ人たちは、その地で神への初めの愛を思い起こすことができたはずです。親密な語り合いを通し、神は私たちにも初めの愛を思い起こさせて下さいます。その愛に満たされ、私たちは天の祝福の管となることができるのです。

 イエス様が、私たちを天の祝福の管として下さったことを感謝しましょう。天の全ての祝福で満たされ、その祝福を周りの人に流し出して行きましょう。

「わたしがあなたがたを引いて行かせた、その町の平安を求め、その町のために主に祈れ。その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから。」(エレミヤ29:7)

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