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2020年8月 2日 (日)

しもべのネットワークを広げる

 今年5月、「結婚相手に望む勤め先」について、ある調査が行われました。20代から50代の男女800人が回答したそうです。1位は国家公務員で、全体の39.3%。2位は地方公務員で、39.1%。合計すると、約8割の人が公務員との結婚を望んでいるようです。昨年は国家公務員が14.3%、地方公務員が12.7%だったので、今年は3倍ほどに増えました。新型コロナの影響のようです。調査した会社は、こんなコメントを残しています。「失業や収入減少への不安感が社会全体で増している中で、雇用や収入が安定しているイメージの強い公務員に人気が集中した。」

 ただ公務員と結婚しても、全てが安泰ではありません。時には、思いもしない不幸に見舞われることもあります。岡山出身の雅子さんは、残念ながらそんな辛い経験をしました。彼女は23歳の頃、薬局の同僚から公務員の男性を紹介されました。彼は8つ年上の31歳で、同じ岡山の出身。大きな声でよく笑う人で、明るくて誠実そうでした。2回目のデートで「結婚しよう」とプロポーズされ「はい、お願いします」と答えたそうです。26年前のことでした。

 男性の名は赤木俊夫さんで、勤務先は財務省の近畿財務局でした。俊夫さんは真面目な人で、「僕の契約相手は国民です」というのが口癖だったそうです。大切にしていた「国家公務員倫理カード」には、こんな質問がありました。「国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか」、「職務や地位を私的利益のために用いていませんか」、「国民の疑惑や不信を招くような行為をしていませんか」。彼はこれらの原則に違反したと思い悩み、2年前、自ら命を絶ちました。妻の雅子さんは、当時をこう振り返っています。「国民の皆さんに死んでおわびすることにしたんだと思う。」

 公務員は、社会に対して大きな責任を負っています。日本国憲法第15条も、こう記しています。「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」公務員を意味する「公僕(公のしもべ)」という言葉がありますが、これは「public servant」の訳語として明治時代に造られたようです。それ以前の時代は、「下々がお上に仕える」のが常識でした。「お上が下々に仕える」という発想は、ほとんどなかったはずです。第2次大戦後に定められた今の憲法には、「公僕」としての公務員の位置づけがはっきり示されています。赤木俊夫さんは、この原則を忠実に守りたかったのでしょう。先日始まった裁判を通し、真実がさらに明らかにされることを願っています。

 イエス・キリストは世界全体のしもべとなり、全ての人の罪を背負って死なれました。そして弟子たちにも、しもべとしての生き方を求められました。それは、弟子たちにとって新しい生活様式でした。彼らが属した社会も、「下々がお上に仕える」文化だったからです。イエス様は「メシア=油注がれた王」だと、弟子たちは信じていました。イエス様が即位すれば、自分たちは最高権力者の「お友達」で、側近になれると期待していました。一番偉くなるのは誰か、互いに張り合っていました。でもイエス様が彼らに命じたのは、人々に奉仕することだったのです。イエス・キリストの弟子になったら、「偉い人」になるのではなく、しもべの仲間に入ります。私たちは、世界中にしもべのネットワークを広げる働きに招き入れられているのです。

 今日はヨハネ13章を通し、この「しもべネットワーク」拡大のため大切なポイントについて考えてみましょう。

 第一に大切なポイントは、しもべの国王を知ることです(ヨハネ13:4-5)。イエス様は最後の晩餐の場で、弟子たちの足を洗われました。十字架の前の最後の交わりを通し、イエス様は弟子たちに重要な教訓を教えられたのです。足を洗うのは、しもべの役割でした。当時のユダヤ人は、たいていサンダルを履いていました。木やシュロの皮、アザラシの皮等で作った底に皮ひもを通し、足に結びました。道はほこりだらけだったので、サンダルで歩けば当然、足は汚れました。家の中に入る人は足を洗いましたが、それはその家のしもべの仕事だったそうです。弟子たちは、足を洗う人がどこにいるのかとキョロキョロ探していたかもしれません。すると、なんとイエス様がたらいに水を入れ、弟子たちの足を洗い始めたのです。イスラエルの国王が、彼らのしもべになって下さいました。

 これを見た弟子たちは、たいへん驚きました(ヨハネ13:8)。特にペテロは、そんな恐れ多いことをしてほしくないと思いました。国王は、国王らしくしてほしいと彼は思ったのです。ペテロはイエス様に、自分の足は決して洗わないでくれとお願いしました。するとイエス様は、こう答えられました。「もし洗わないなら、あなたと私の関係はもう終わりだ。」ここでイエス様が伝えられたメッセージは、重要でした。それは、「天の御国の王は全ての人のしもべだ」というメッセージでした。天地創造の神は全世界の人を愛し、仕えておられます。その重要な真理を、弟子たちは知る必要がありました。イエス様は今、私たちにも同じメッセージを語っておられます。イエス様が全世界の王であり、同時にしもべであることを、私たちは知る必要があるのです。

 第二に大切なポイントは、しもべの国王にならうことです(ヨハネ13:14-15)。イエス様の行動は、弟子たちが見習うべき模範でした。最高権力者の行動は、国民に影響を及ぼします。国のトップが一般庶民に心を配り、全体に奉仕する無私の姿勢を貫くなら、多くの人は喜びます。指導者の立派な姿に心打たれ、自分もそんな生き方をしたいと願う人もいるかもしれません。でも、もし国のトップがそれと真逆の生き方をしたら、多くの人に悪影響が及びます。「そんな生き方でも良いんだ」と考える人が増えるからです。ソロモン王以降のイスラエルが、そうでした。多くの国王が悪い見本を示し、国民はそれにならいました。その結果、国が滅びました。イエス様は国王として、最高の模範を示されました。そして弟子たちに、その模範にならう生き方をするよう命じられたのです。

 この命令を守る人は神に祝福され、天の祝福の管となることができます(ヨハネ13:16-17)。父なる神は、御子イエス・キリストをこの世に遣わされました。イエス様はしもべとして人々に仕え、十字架で命を捨てられました。そしてイエス様は復活のいのちの祝福を受け、その祝福を全世界に流す管となられたのです。天の父がイエス様をこの世に送り出したように、今度はイエス様が弟子たちを世界中に送り出されました。彼らも神に祝福され、天の祝福の管として用いられました。今もクリスチャン一人ひとりが、イエス様に送り出されています。しもべのように仕える人を、神は祝福して下さいます。永遠の祝福を伝える管として、神が用いて下さいます。しもべのように仕えたイエス様にならい、私たちは世界に拡がるしもべのネットワークに参加できるのです。

 第三に大切なポイントは、国王の愛を伝えることです(ヨハネ13:20-21)。イエス様は、弟子たちを深く愛しておられました。3年半にわたり弟子たちと一緒に生活し、神の限りない愛を伝えられました。その愛を世界中に伝えるため、弟子たちに最高の訓練を施されました。最後の晩餐の場で弟子たち全員の足を洗ったのも、彼らがその愛を体験し、理解を深めるためでした。でも残念ながら、弟子の中には最後までその愛を受け取らない人がいました。イスカリオテのユダです。彼は結局、イエス様のことを何も理解しなかったようです。天の御国の王がしもべとなり、神の愛を伝えようとした真実を、最後まで受け取りませんでした。それでもイエス様は、最後までユダを愛されたのです。

 他の弟子たちに対し、イエス様は「互いに愛し合いなさい」と命じられました(ヨハネ13:34-35)。私たちが愛をもって互いに仕え合う時、その姿を見た周りの人は、イエス様の愛を知ることができます。互いにいがみ合っていたら、イエス様の愛は伝わりません。弱い人や困っている人を無視しても、愛は伝わりません。今はコロナ禍でいろいろたいへんですが、私たちはできる限り周りの人に目を配りましょう。そして天の御国の王なるイエス様の限りない愛を、周りの人に伝えていきましょう。

 イエス様が、私たちをしもべのネットワークに加えて下さったことを感謝しましょう。そして、このネットワークをさらに広げていきましょう。

「主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません。」(ヨハネ13:14)



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