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2021年5月23日 (日)

神を忠実に愛する

 神は、忠実なお方です。多くの失敗をして来た私を、決して見捨てず、支え続けて下さいました。

 私が牧師を志したのは、24歳の時です。進路を見失っていた私に、神はこう声を掛けて下さいました。

「洗礼を受けて、わたしのことばを語りなさい。」

ただ一つ、問題がありました。私は、人にまとまった話をするのが苦手だったのです。礼拝で牧師が長く話す様子を見て、「自分はあんなにたくさん話せない」と思っていました。

 小学生の頃、私はあるテレビCMが好きでした。「男は黙ってサッポロビール」というCMです。三船敏郎さんが何も言わず、ビールを飲む映像でした。小学生の私にはビールの銘柄ではなく、男は黙っていていいんだというメッセージが伝わりました。(笑)

 モーセは、「私はことばの人ではありません」と言いました。そのことばにも私は非常に共感し、励まされました。私にとって、誰かに長い話をすることは、大きなチャレンジだったのです。

 そんな私が洗礼直後に聞いた次のことばは、心に強く響きました。

「忠実さを証明するのは、時間だ。」

たとえ不得意でも、委ねられた働きをただ忠実に続けようと、その時思いました。

 語る訓練のため、神はさまざまな場を備えて下さいました。洗礼を受けた翌年、私は教会学校のスタッフに加わりました。私以外はベテランの教師が3人揃った、小学校5、6年生のクラスでした。その後、所沢に来てからは中高生男子のクラスを1人で担当しました。土曜夜の礼拝で語る機会も与えられました。渋谷周辺で集まっていた「ミニチャーチ」の担当にもなりました。

 教会が分裂し、牧師がいなくなった時は、月に3度、日曜礼拝でメッセージを語りました。神学校で学び、牧師資格を得る前の話です。神はその都度、語ることばを与えて下さいました。

 時間をかけて忠実さを証明したのは、実は私ではありませんでした。私に語ることばを与え続けた神だったのです。

 神は人類の歴史を通し、長い時間をかけて、ご自身の忠実さを証明して来られました。何千年も前にアブラハムに与えた祝福の約束を、神は今も忠実に守られています。アブラハムの子孫を通し祝福を受けた人々が、空の星、海辺の砂のように今も全世界に増え広がっています。

 モーセを通し、ユダヤ人に与えた「祝福と呪いの契約」を、神は忠実に守られました。彼らが神に従うと祝福され、従わないと呪いが実現しました。

 ダビデに与えた永遠の王の約束も、神は忠実に守られました。ダビデの子孫イエス・キリストは今、永遠の御国の王座につかれています。イエス様はそれ以外にも、神による数々の預言を成就されました。それらの事実を通し、必ず約束を守る神の忠実な愛を、私たちは知ることができます。

 イエス・キリストご自身も、自らの忠実さを証明されました。イエス様は、父なる神から永遠の昔に委ねられた働きを、聖霊とともに忠実に成し遂げられました。神の忠実な愛を示すため、十字架の上でいのちを捨てられました。死から復活し、天に昇ったイエス様は、預言通り、弟子たちに聖霊を注がれました。今日は、その記念日・ペンテコステです。

 聖霊なる神は、神を愛する力で私たちを満たして下さいます。その力を通し、私たちは小さなことも忠実に行うことができます。語るべきことばも与えられます。失敗からも立ち直れます。聖霊の働きを通し、私たちは神の忠実な愛をさらに深く知ることができます。そして私たちもまた、その愛に応える生き方ができるのです。

「最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実であり、最も小さなことに不忠実な人は、大きなことにも不忠実です。」(ルカ16:10)



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