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2021年5月 9日 (日)

キリストの弟子として生きる

 今日は母の日なので、母の思い出を少しお話しします。昨年91歳で亡くなった母は、わがままだった私を辛抱強く育ててくれました。母は正義感が強く、曲がったことが嫌いな人でした。長男の私にも「過ちを犯さず、正しく生きてほしい」と、強く願っていたようでした。その分、躾けも厳しかったように思います。私が何か悪さをすれば、必ずきつく叱られ、お尻を叩かれました。「悪いことをしたら痛い目にあう」という教訓を、小さい頃から私は体に叩き込まれました。

 当時の母は、クリスチャンではありませんでした。聖書の教えも、あまり聞く機会がなかったはずです。それでも「子供を愛し、しっかり躾ける」という聖書的な子育てを、自ら実践していたかのようでした。

 私の将来の進路について、母はほとんど口を出したことがありませんでした。でも牧師になると私が言った時は、父と一緒に猛反対しました。「人生を悲観して『世捨て人』になるのか」と言われました。「大学時代の多額の仕送りは無駄だった」と嘆かれました。話し合いが決裂したまま、私は母教会の奉仕を手伝い始めました。母から連絡はありませんでしたが、父は何度か手紙を送って来ました。「そんなことは辞めて、早くまともな仕事に就け」と書いてありました。

 ところが驚いたことに、神は奇跡を起こされました。決裂から1年半ほどで両親は洗礼を受け、クリスチャンになったのです。母はその時こうつぶやき、笑っていました。「『老いては子に従え』って言うからね。」

 その後、私は結婚し、子供が3人生まれました。母の躾けを思い出し、妻とともに聖書を学びながら、子育てをしました。孫たちが健やかに成長する姿を見せ、私も少しは親孝行できたかと思います。牧師として母の葬儀を司式できたことも、私にとっては恵みでした。

 旧約の時代、天地創造の神は、親子関係を用いてご自身の教えを後世に残されました。アブラハムはイサクに、イサクはヤコブに、ヤコブは12人の息子たちに神の約束を伝えました。モーセは、ユダヤ人たちにこう命じました。「神のことばを、あなたの子供たちによく教え込みなさい。」

 ユダヤ人の中には今もこの命令に従い、次の世代に神の教えを伝え続ける人たちがいます。7日に一度休みをとり、家族で天地創造の神に感謝をささげます。春の過越の祭りでは、エジプトからの解放を家族で喜びます。初夏の七週の祭りでは、シナイ山で与えられた律法を家族で感謝します。秋の仮庵の祭りでは、荒野の訓練と約束の地の収穫を家族で感謝します。神が計画されたイスラエルの国は、親が子にみことばを伝える家族の集まりであり、国自体が一つの大きな家族=神の家族だったのです。

 イエス・キリストは、新たな家族づくりを始められました。血縁に関係なく、キリストの弟子となる人が天地創造の神の家族とされる時代になったのです。旧約時代のユダヤ人家庭では、親が子供を弟子として育てました。でも時とともに、みことばを受け継がない子供たちが増え、イスラエルの国は滅亡しました。今はイエス様の弟子に加わる人が、新たな弟子づくりに参加します。血縁関係があってもなくてもです。

 弟子入りの際には、血縁上の家族から反対されるかもしれません。大事にして来たものを捨てる覚悟がいるかもしれません。でもイエス様の弟子には、何よりも素晴らしい永遠の祝福が約束されています。神の恵みにより、失ったものが奇跡的に回復されることもあります。自分の十字架を背負い、キリストの弟子として生きる人は、幸いなのです。

「自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。」(ルカ14:27)

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