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2021年8月15日 (日)

和解の輪を広げる

 今日は、「終戦の日」です。76年前のこの日、昭和天皇はラジオを通し、国民に第2次世界大戦の終結を告げました。全国戦没者追悼式は、今年も日本武道館で執り行なわれました。参列者は例年5千人程度だったのが、昨年はコロナの感染拡大で542人でした。今年はさらに参列者を絞り、過去最少の185人となったそうです。

 追悼の対象は、日本人戦没者約310万人です。このうち230万人は第2次大戦で戦死した旧日本軍軍人と軍属、残り80万人は空襲や原爆等で亡くなった一般市民だそうです。日本の新型コロナの死者数は現在約1万5千人ですから、戦没者310万人は2桁も多い人数です。国を挙げて彼らを悼み、平和を求めて祈るのは、確かに大切と言えるでしょう。

 ただ気になるのは、日本人以外の犠牲者たちにあまり目が向けられないことです。近隣諸国への戦争責任の問題も、いまだにくすぶり続けているように見えます。

 ドイツでは1958年から、福音派の教会を中心とし、草の根の平和運動が始まりました。「行動・償いの印・平和奉仕」という名称の市民団体が設立されたのです。

 彼らの運動は、ドイツの戦争責任への深い反省から生まれました。侵略された国々と和解するため、彼らはさまざまな慈善活動を行いました。毎年180人ものボランティアを募り、欧州各国やイスラエル、米国等で今も活動中です。例えば、高齢者や障害者への支援活動、難民やホームレスのサポート、歴史や政治に関する教育活動、相互理解のためのサマーキャンプ等を実施しています。

 こうした和解の運動は、政府より一般市民、特にクリスチャン中心の方が良いのかもしれません。日本のクリスチャンの中にも、戦争責任の謝罪運動をする人たちがいます。将来的に日本と近隣諸国との間にも、和解の輪がさらに広がるように願っています。

 和解は、聖書の大きなテーマの一つです。人類が互いに和解するには、先ず天地創造の神との和解が不可欠だと、聖書は語っています。アダムとエバが神を裏切って以来、人類は神との平和な関係を失いました。神との和解は条件が整わず、なかなか成立しませんでした。

 和解には、謝罪と赦しが必要です。加害者は自分の非を認め、被害者に心から謝らなければなりません。お詫びのしるしとして、被害者に何かを差し出す場合もあります。被害者は加害者の謝罪を受け入れ、赦すことが求められます。こうしたプロセスを経て、加害者と被害者との間に和解が成立します。

 アダムとエバの裏切りは、人類の側に非がありました。つまり人類が加害者で、神が被害者でした。誠意をもってすぐ謝罪すれば、神は赦して下さったかもしれません。でもアダムとエバには謝罪の気持ちがなく、言い訳をして責任転嫁しようとしました。その結果、和解には途方もなく長い時間がかかったのです。

 イエス・キリストは、神との和解の道を私たちに開いて下さいました。人類を代表し、イエス様は神への裏切りを心から謝罪されました。お詫びのしるしとして、自らの命を差し出されました。天地創造の神はその謝罪を正式に受け入れ、キリストとともに謝罪する人を赦して下さるのです。

 イエス様は、人類史上最大の懸案だった創造主なる神との和解に、最終的な解決をもたらされました。イエス・キリストを通し、神と和解した人は、この限りない恵みを周りの人に伝えることができます。天地創造の神との和解の輪を、草の根の運動を通し、全世界に広げられるのです。

「こうして、神のことばはますます広まっていき、エルサレムで弟子の数が非常に増えていった。また、祭司たちが大勢、次々と信仰に入った。」(使徒6:7)

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