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2021年9月 5日 (日)

今できることに力を注ぐ

 東京パラリンピックは、今日が最終日です。今回は第16回ですが、最初の大会は1948年にロンドンで開催されました。第2次世界大戦で背骨を痛めた傷痍軍人向けの競技会で、リハビリが目的だったそうです。

 始めたのは、ユダヤ人の医師ルートヴィヒ・グットマンさんです。「パラリンピックの父」と呼ばれる彼はドイツで生まれ育ちましたが、ナチスのユダヤ人迫害が始まり、家族とともにイギリスに亡命。そこで傷痍軍人の治療に力を尽くし、彼らの体力と自尊心の回復にはスポーツが有効だと考えました。

 傷痍兵たちに対し、グットマン医師はこうも言ったそうです。

 「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ。」

 今回のパラリンピック参加選手の皆さんも、残されたものを最大限に生かしていたようです。私の印象に残った選手の一人は、宇田秀生さんです。

 宇田選手は滋賀県生まれの34歳。8年前、仕事中の事故で右腕を失いました。結婚式の5日後で、妻の亜紀さんは妊娠中でした。一命をとりとめ、目覚めた時に初めて、宇田さんは自分の右腕を失ったと知りました。絶望から彼を救ったのは、亜紀さんのこんな言葉だったそうです。

 「大丈夫、なんとかなるよ。」

 もともとスポーツマンだった宇田さんはリハビリの延長で水泳を始め、その後トライアスロンにも挑戦。そして今回の大会で見事、銀メダルを獲得しました。ゴール直後に号泣する姿は、実に感動的でした。宇田選手はできないことを思うのではなく、できることに力を注ぎ、メダルを手にしたのです。

 旧約の時代にも、失ったものを嘆かず、残されたものを最大限に生かす人たちがいました。ヨセフは奴隷として売られ、家族と故郷を失いました。でも彼は突然の不幸に絶望せず、自分ができることに力を注ぎました。ポティファルの家でも、監獄でも、ファラオの王宮でも、ヨセフの生き方は変わりませんでした。彼は神からの知恵を最大限に生かし、委ねられた働きを忠実に行ったのです。

 ルツは夫を失い、義理の父や弟も失いました。でも彼女には、姑のナオミが残っていました。年老いた姑とともに自分の故郷を去り、ルツは落ち穂拾いで生活を支えました。そしてついに再婚し、ナオミの老後を世話する男の子まで産んだのです。

 預言者ダニエルはバビロンの王宮に連れて行かれ、家族と故郷を失いました。偶像礼拝を拒否した彼は、命まで失いそうになりました。でもダニエルは決して絶望せず、神のことばを語ることに力を注ぎました。

 イエス・キリストは地上に来られた時、「いつでもどこにでもいる」という神の性質を一時的に失われました。「永遠に死なない」という神の性質も一時的に失われました。

 その時イエス様は、人としてできることに最大限の力を注がれたのです。――1世紀のユダヤ人たちに、神の国の福音を直接伝えること。弟子たちと一緒に生活し、具体的に愛をあらわすこと。そして十字架で死に、復活した姿を彼らに見せることです。

 弟子たちは迫害され、エルサレムでの交わりを失いましたが、彼らも自分たちができることに力を注ぎました。散らされた先で福音を伝え、弟子の仲間を増やしたのです。

 神は今、コロナ禍の私たちにも何かできることを計画されています。それらに最大限の力を注ぐ時、神は私たちを祝福し、豊かな実を結ばせて下さるのです。

「・・・その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた。・・・散らされた人たちは、みことばの福音を伝えながら巡り歩いた。」(使徒8:1,4)

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