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2021年11月21日 (日)

幻に導かれる

 先週日曜日の朝は、関東や東海、近畿地方で「幻日」が見られたようです。太陽と同じ高度の両脇に輝く虹色の光が、写真で紹介されていました。空気中の小さな氷の粒が太陽の光を屈折させ、見える現象だそうです。

 太陽が低い位置の時に現れやすいため、朝や夕方に見える場合が多いとのこと。実際には太陽はそこにないのに、まるであるかのように見えるので、「幻の日=幻日」と名付けられたのでしょう。

 日本語で「幻」というと、「実際にはないのに、あるように見えるもの」という意味になります。あるいは「まもなく消えるはかないもの」という意味もあります。「幻日」は確かに実際の太陽ではなく、時間が経つと消えるはかない現象です。「幻」という形容が、ふさわしいと言えます。

 日本語の聖書で「幻」と訳された言葉は、ヘブル語では「ハーゾーン」、ギリシア語では「ホラマ」あるいは「オプタスィア」という単語です。どちらの単語も、「見えるもの」という意味です。「実際にはない」とか、「まもなく消えるはかないもの」という意味はありません。日本語の「幻」の意味とは若干異なるので、注意が必要です。

 聖書の翻訳者たちは、ヘブル語やギリシア語の意味に最も近い日本語訳として「幻」という言葉を選んだはずです。でも翻訳にはよくある話ですが、原語の意味とはどうしても少々ズレが生じます。英語で苦労した経験のある人は、この感覚がよく分かるはずです。

 ですから日本語で聖書を読む時は、日本語の言葉の意味をヘブル語やギリシア語の原語に合わせて定義し直さなければなりません。「幻」という言葉は、まさにその典型的な例の一つと言えます。

 聖書に記された「幻」は多くの場合、天地創造の神が人々に語られたメッセージです。アブラハムに対して神は、幻の中でこう言われました。「アブラムよ、恐れるな。・・・あなたへの報いは非常に大きい。」(創世15:1)

ヤコブには、こう言われました。「エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民とする。このわたしが、あなたとともにエジプトに下り、また、このわたしが必ずあなたを再び連れ上る。」(創世46:3-4)

預言者ナタンは、神から受け取った幻をダビデ王に告げました。ダビデの家から永遠の国を治める王が現れるという幻です。

預言者エゼキエルは、破壊された神の都が再建される幻を見ました。神殿の下からいのちの水の川が流れ出て、あらゆる生物が生かされる様子を、彼は幻を通して見たのです。

 創造主なる神の幻は、必ず実現します。その実現を信じたアブラハムは祝福され、彼は全世界の人にとって信仰の父となりました。

ヤコブの子孫はエジプトで増え広がり、カナンの地に凱旋しました。

ダビデの子孫であるイエス・キリストは今、永遠の御国の王として全世界を治めておられます。

そして御国が完成する時には、いのちの水の川が都を潤します。あらゆる国からそこに集う人々が、永遠のいのちの恵みを喜びます。

このような幻は私たちの人生の指針となり、私たちがする選択に導きを与えてくれます。ペテロは幻を見て、異邦人の家を訪問する決心をしました。パウロは幻を見て、ヨーロッパ宣教を開始しました。

 神は幻を用い、私たちを永遠の御国へ導いて下さいます。その導きに従う人は、神の祝福の実現を楽しみに生きることができます。

「パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために、神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。」(使徒16:10)

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