グルメ・クッキング

2007年9月 7日 (金)

味噌ラーメン

今週は出張で、また札幌に行って来ました。先週も今週も、そしてお盆の時も自家用車で往復したので、1ヶ月以内に1500キロ以上走破しましたね。普段、あまり走り回らないので、ずいぶんロングドライブをしたような気がします。やっとこれで、夏の一連のイベントが終わりました。

月曜日は、札幌駅付近のホテルにチェックインし、久しぶりに書店(紀伊国屋)でゆっくり本を見た後、夕食は駅地下の「アピア」でラーメンを食べることにしました。「北海道知事賞受賞」という看板のある「寶龍」というお店です。

「札幌といえば、やっぱり味噌ラーメンだよなぁ」と思いつつ、オススメマークのある特製味噌ラーメンを注文しました。バター、コーン、しらがネギ、半熟玉子といったトッピングつきです。分量もたっぷりあって、たいへん美味しかったです。

味噌ラーメンは、大通付近にある「味の三平」が発祥だそうです。1955年頃から常連客向けに開発され、61年には正式メニューに加えられたとのこと。私が初めて食べたのは、小学校の頃、近くにできた「どさんこラーメン」だったかもしれません。こってりとした味噌スープに入った太麺を、どっさりのったモヤシをかき分けながら食べるのが、大好きでした。

それ以降、さまざまなラーメンを食べ歩き、結構、味にもうるさくなりましたが、やはり味噌味が一番好きですね。子どもの頃からの「刷り込み」かもしれません(笑)。

神様が、私たちに必要な食物を与えて下さっていることを感謝します。

「主は情け深く、あわれみ深く、主を恐れる者に食べ物を与え、その契約をとこしえに覚えておられる。」(詩篇111:4-5、新改訳第3版)

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2007年9月 6日 (木)

スープカレー

Kitaraの帰りには、初めてスープカレーを食べに行きました。妻と私が、これまでスープカレーを食べに行く気にならなかったのには、理由があります。それは小学校の頃、給食で出た「カレー汁」のトラウマが残っていたからです(笑)。

妻も私も、給食には苦手なメニューがありました。今はアレルギーの子がいるため、無理に食べさせることはないようですが、昔は給食を残すことは許されませんでした。嫌いなメニューであっても、すべて食べなければなりません。給食時間が終わり、掃除が始まっても、一人で食べていたことがあります。(妻もだそうです! 苦笑)

カレー汁は、特に嫌いではありませんでしたが、あまり美味しいと思ったこともありません。金属の容器に注がれた「汁」は、ただお腹を満たすためのもので、食欲をそそりはしませんでした。給食のおばさんは、心をこめて作って下さったのでしょうから、予算と材料の問題だったのでしょうね。

スープカレーが流行った時、この「カレー汁」を思い出したので、すぐに食べたいとは思いませんでした。しかし、今年こそ意を決して(笑)、食べてみようかと妻が言い出したため、アクセスが便利で美味しそうなお店をネットで検索し、行くことにします。

結局、西武地下1階の「一灯庵」に入りました。4人とも違うメニューを注文し、ちょっとずつ試食しましたが、たいへん美味しかったです。思えば、食べ物に関して、私たちはずいぶん贅沢になっていますね。荒野を行くイスラエルの民は、日々、神様が与えられるうずらの肉とパン(マナ)だけで生活しました。私たちも、神様から与えられるものに文句を言わず、感謝をもって生きていきたいですね。

「主はモーセに告げて仰せられた。『わたしはイスラエル人のつぶやきを聞いた。彼らに告げて言え。“あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるであろう。あなたがたはわたしがあなたがたの神、主であることを知るようになる。”』」(出エジプト16:11-12、新改訳第3版)

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2007年9月 5日 (水)

お好み焼き

幌平橋付近といえば、「風月」というお好み焼き屋さんがありました。私の通う高校のすぐ裏手で、地下鉄駅に向かう途中に位置しています。ただ私は、帰宅路が別方向で、かつ自転車だと家まで3分くらいだったので、友人にさそわれた時くらいしか行かなかったですね。部活の帰りに時折、お好み焼きや焼きそば、夏にはかき氷を食べました。

「風月」という名前は、お客さんの「風」が日々、「月々」大きく吹いてほしいという願いから名づけられたそうです。大阪生まれの二神敏郎さんという方が、大阪ではどこにでもあるお好み焼き屋が、北海道にはどうしてないんだろうと思い、1967年に開店したとのこと。目の前の鉄板で焼いたお好み焼きを食べるというのは、私もその店に行くまで、経験したことがなかったかもしれません。

焼き方も見ていて面白かったですが、タレにマヨネーズを混ぜるというのが、私にとっては新鮮でした。昨年の高校同窓会では、ホテルに二神さんが来て、会場に設営された鉄板でお好み焼きと焼きそばを焼いて下さいました。久しぶりで、たいへん美味しかったです。今では各地に支店ができ、ファミリーレストランや岩盤浴、温泉なども経営されているらしく、起業家として立派に成功されたようですね。

「風月」では店長に焼いてもらっていたお好み焼きですが、大学時代に行った東京・渋谷のお好み焼き屋さんでは、おそらく初めて自分で焼きました。結婚後は、家のホットプレートで食べています。妻が材料を混ぜ合わせ、焼くのは私の担当です。子どもたちは皆、なぜかマヨネーズが苦手なので、マヨネーズを混ぜるのは、もっぱら私と妻だけですね。

二神さんが伝えたお好み焼きの文化は、たまにしか行かなかった客である私に大きな影響を残し、妻とともに子どもたちに伝わっています。聖書の教えも、そのように伝えていきたいですね。一人でできることには、限りがあります。世代を超え、次々と受け継がれていく時、大きな広がりが生まれていくものです。

「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。」(第2テモテ2:2、新改訳第3版)

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2007年5月18日 (金)

串だんごと生タマゴ

3年くらい海外に住むと、妙なものが無性に食べたくなるもので、私の場合、それは串だんごと生タマゴでした。所沢に住んでいる時、駅から帰宅する途中の商店街に、美味しいお団子屋さんがありました。まだお店が開いている時間に帰った時は、よくお餅や串だんごを買って帰りました。

ロス周辺では、お餅は発見したのですが、串だんごが見つかりませんでした。3年間、団子の断食です(笑)。帰国後、1回くらいは所沢駅近くのお店に行くことができました。あのお店の味は、格別でしたね。その商店街は、最近ずいぶん様子が変わりましたので、今も同じ場所で営業しているかどうかは、ちょっと分かりませんが…。

生タマゴも、なかなか食べられませんでした。日系二世の教会員の方から、「タマゴは生で食べない方がいいよ」と言われたからです。どうも保存方法が違ったようです。ある時、妻は、近くのスーパーで買ってきた卵で、目玉焼きを作ろうとしました。すると、殻を割った瞬間に腐った臭いが広がり、何と、卵の中身は緑色だったそうです!日本のスーパーでは、ちょっと考えられませんね。(ちなみにその後、当のスーパーはつぶれたそうです。)

ディズニー・アニメ「美女と野獣」のガストンや映画「ロッキー」の主人公が、生タマゴをいかにも見せ付けるようにして食べるのは、要するに、普通の人はそのように食べないことの裏返しなのでしょう。

生タマゴ抜きの生活を続けていたある日、ロスのダウンタウンにあった日本人向けスーパーで、「生で食べられます」と張り紙のある卵を見つけます。私と妻は、喜んでそれを買って帰り、舌鼓を打ちました。その日の夜は、ご飯と味噌汁、そして納豆も一緒だったかもしれません。これぞ典型的な日本食ですね。

モーセに率いられてエジプトから脱出し、荒野を40年間歩いたイスラエルの民は、エジプトで慣れ親しんだ食物を食べるわけにはいきませんでした。私たちも、神様から与えられる「日ごとの糧」が何であろうと、決して文句を言わず、感謝していただきたいですね。

「あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。

それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。」(申命記8:2-3、新改訳第3版)

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2007年5月17日 (木)

イカとタコ

イカとタコは、多くのアメリカ人にとって、不気味な存在のようです。妻が大学生の頃、留学先のテネシー州に、実家からイカの姿そのままの珍味が送られてきました。ルームメイトの実家に持って行ったところ、みな気味悪がり、最後まで口にしない人もいたそうです。

2年前、米国ワシントン州から、私たちの教会に高校生のチームが来た時、最後の晩にイタリア料理店に行きました。妻は、ここで土産話づくりのサービス心からか、取分け用にイカスミスパゲッテイを注文します(笑)。男性陣は、口の中を真っ黒にしながら食べていましたが、女性たちは、さすがに食べませんでしたね。一人だけ食べようとした女の子は、最初の一口でもどしそうになり、水をがぶ飲みしていました(笑)。

チームの男の子は、イカを見ると、「スクイーティ(Squidy)!」と叫びました。そう、映画「マトリックス(The Matrix)」のシリーズに出てきた、イカ(squid)のようなロボット(?)のことです。人間たちが巨大で強力な「イカ」に追い詰められ、殺されそうになるというのは、昔からハリウッド映画によくあるストーリーですね。それだけ不気味さが感じられるのでしょう。

タコも、「不気味さ」では負けていません(笑)。滞米中は、妻はよくテレビで「スタートレック(Star Trek: The Next Generation)」を見ていましたが、そこに出てくるクリンゴン星人は、タコの足を食べていました。タコを食べるのは、やはり「異星人」のように感じられるのでしょうか(苦笑)。そう言えば留学中、なぜか無性に「たこ焼き」が食べたくなっても、当時は残念ながら、どこにも見つけられませんでした。

「パイレーツ・オブ・カリビアン(Pirates of the Caribbean)」に出てきたデイヴィ・ジョーンズも、「スパイダーマン2(Spider-Man 2)」に出てきたドック・オックも、タコのイメージでした。人間を襲う、うす気味悪い存在というイメージがあるのでしょうね。

サンディエゴにある「シーワールド(SeaWorld)」の水族館で、タコがガラスの壁面に吸盤で張り付いているのを見た私は、妻と顔を合わせ、思わず「美味しそう」と口走りました(笑)。もう帰国間際でしたから、新鮮なタコに飢えていたのでしょう。

ちなみに先日、済州島に行った時は、観光客相手に海女の人たちが、活きたタコの足を一本ずつ切り分け、その場でお酒と一緒に販売していました。私は、食べてみたかったのですが、前の旅行でお腹をこわしたため、「マシケッタ(美味しそう)」と声を掛けつつも、食べるのを控えました。韓国の人は、タコは大丈夫のようですね。

聖書に出てくる「海の巨獣」レビヤタン(Leviathan=リヴァイアサン)は、サタン(悪魔)の象徴とも考えられています。救い主なる神様が、この「巨獣」を打ち砕いて下さり、神の民の「餌食」として下さったことを感謝します。

「確かに、神は、昔から私の王、地上のただ中で、救いのわざを行われる方です。あなたは、御力をもって海を分け、海の巨獣の頭を砕かれました。あなたは、レビヤタンの頭を打ち砕き、荒野の民のえじきとされました。」(詩篇74:12-14、新改訳第3版)

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2007年5月16日 (水)

シーフード

北海道のシーフードというと、カニを思い浮かべる人が多いかもしれません。何年か前に、あるサモア人の牧師が、札幌に行った時、カニをご馳走になって、たいへん美味しかったと言っていたことがあります。もちろん、美味しい店はたくさんあるのでしょうが、安くはないので、家庭の食卓に頻繁に上がるものではありません。「でも高いよね」と、思わず私が言うと、その牧師は苦笑していました。

庶民の味として、よく食卓に上がる北海道の海産物は、鮭とホッケでしょうか。鮭は、そのまま焼いたり、ムニエルやフライにしたり、醤油や味噌につけたり、鍋物にします。ホッケは、フライや煮付けにし、干物は焼いて食べます。

函館周辺は、イカが美味しいです。刺身はもちろん、一夜干しや醤油漬けを焼いたり、煮付けたりして食べます。イカ飯というのもありますね。イカの体の中に、もち米をつめて、煮たものです。ホタテの稚貝というのも、安く売っています。小さくて間引かれたものだそうで、味噌汁にすると最高です。活ホタテは、刺身が美味しいですね。

首都圏に住んだ時は、北海道の新鮮な海産物が手に入りにくくなりました。カリフォルニアに行った時は、もうほとんど食べられなかったですね。月に一度、フリーウェイを30分走って、日本人向けのスーパーに買出しに行きましたが、そこに売っていて、口に合いそうな魚介類は、マグロとサーモンの刺身くらいでした。いつ獲れたか不明のイカの刺身には、なぜか塩味がついていて、函館出身の妻にとっては、許しがたい味だったようです(笑)。

新約聖書には、魚に関係した話がよく出てきます。使徒ペテロやヤコブ、ヨハネも漁師でした。4つの福音書すべてに記されている「5000人の給食」と呼ばれる奇蹟のエピソードでも、群集が一緒に食べるのは、その場に居合わせた少年が持っていたパンと魚です。庶民にとって、ごく身近な食べ物だったのでしょうね。

「そしてイエスは、群衆に命じて草の上にすわらせ、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福し、パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った。人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいあった。食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。」(マタイ14:19-21、新改訳第3版)

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