音楽

2008年9月 5日 (金)

礼拝と賛美のカタチ

私が最初に行った教会は、おそらく札幌のルーテル教会だったと思います。教会に付属する幼稚園に通っていました。日曜学校には顔を出しましたが、大人向けの礼拝には出たことがなかったのではないでしょうか。ただ、会堂の雰囲気は覚えています。木のベンチが整然と並んだ前の方に、オルガンがあったように思います。

小学校の親友にさそわれて行ったバプテスト教会も、木のベンチでした。会堂にはせいぜい1、2回くらいしか行かなかったため、よく覚えていませんが、多分そこにもオルガンがあり、賛美を歌ったのでしょう。礼拝には、ひょっとしたら一度くらい出席したかもしれません。ただ、小学生の私は遊びに忙しく、続けて教会に行き続けようという思いには至りませんでした。

大学4年の時、創造主なる神様を信じ、その1年か2年後に近所のカトリック教会のミサに出席したこともあります。定められた交読文を唱え、最後に神父の方が口の中に丸いウェハーを入れてくれました。その時、賛美を歌ったかどうか、楽器があったかどうかは、残念ながら記憶していません。

そのさらに1、2年後、訪れた函館の教会は、フォースクエア教団に属していました。プロテスタントですが、ルーテルやバプテストとはまた異なり、20世紀初頭から始まったペンテコステ運動の流れに属する教会です。礼拝で用いられた楽器は、「電子オルガン」(エレクトーン)の他、ピアノ、ギター、ベース、そしてドラムまでありました。歌もいわゆる聖歌・賛美歌ではなく、ワーシップソングと呼ばれる新しい歌が中心でした。

先日、三沢で見たヒルソングのDVDでは、あらゆる楽器が賛美の伴奏に用いられ、クワイヤー(聖歌隊)には指揮者もつき、ダンス・チームは踊りで賛美していました。そう言えば、夏に札幌で行われた「祈りの祭典」でも、踊って賛美する人たちが多数いました。

それぞれの教会が、違ったカタチで創造主なる神様を礼拝し、賛美しています。時折、「礼拝や賛美はこのカタチでなくてはならない」という主張を耳にしますが、私はそうではないように思います。神様は多様性を喜ばれるお方です。ある一つのカタチでなくてはならないと主張することは、下手をすると律法主義に陥る危険性があります。

旧約聖書時代や初代教会の時代、ヨーロッパ中世やバッハ、ヘンデルの時代も、今とは違った礼拝や賛美のカタチだったでしょう。そして、これから100年たったら、また違ったカタチが出てくるかもしれません。カタチは、時代や文化とともに移り変わります。最も大切なのは、カタチではありません。まことの神を信じ、礼拝する心なのです。

カタチにとらわれず、神様を心から礼拝し、その素晴らしさを賛美していきたいですね。

「踊りをもって、御名を賛美せよ。タンバリンと立琴をかなでて、主にほめ歌を歌え。」(詩篇149:3、新改訳第3版)

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2008年9月 4日 (木)

渋谷のギターセミナー

私のギターは、ほとんど我流なのですが、一度セミナーを受けたことがあります。あるクリスチャンのミュージシャンの方が、20年ほど前、渋谷で賛美伴奏のためのギターセミナーを開いたのでした。

東急文化会館(当時)横の会場で、何回かに分けて行われた夜のセミナーに集まったのは、少人数だったように思います。私は、中学3年の時買ってもらったギターを所沢から神田の職場経由(?)で持ち込み、指導を受けました。

私が教えられた通りにダウンストローク、アップストロークを繰り返すと、講師の先生は、「音が全然響かないのはなぜだろう」と首をひねっています。その時は、私にも理由が分かりませんでしたが、後で一つのことを思い出しました。ほとんど使っていなかったので、おそらく10年以上、弦を張り替えていなかったのです。(笑)

その時、ダウンストロークとアップストロークを4拍子で繰り返す基本練習を習いました。しかし、私は不真面目な生徒で、その後は習った基本をきちんと練習せず、下手くそながらもギターによる賛美リードの実践を続けました。

それから10数年たった頃、かつて講師をつとめて下さったミュージシャンの方を七飯の教会にお招きして、コンサートを開くことになりました。せっかく来られるのだからと、昼間は賛美のセミナーを計画し、教会の賛美リーダーを指導していただく予定を入れます。私自身は指導してもらうつもりはなかったのですが、なりゆきでギター伴奏をすると、すぐに私の方にチェックが入りました。弾き方が悪かったようで、4拍子のストロークにしなさいとのことです。(苦笑)

昨日、教会で行ったギター講習会では、かつて渋谷で習った基本練習を今度は私が教えました。何より基本が大切です(笑)。あらゆる楽器で麗しい音を奏で、創造主なる神様を心から賛美していきたいですね。

「声高らかにほめ歌を歌え。タンバリンを打ち鳴らせ。六弦の琴に合わせて、良い音の立琴をかき鳴らせ。」(詩篇81:2、新改訳第3版)

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2008年9月 3日 (水)

ギター講習会

今朝は、教会でギター講習会が開かれました。なんとこの私が講師です!(笑)

実は先日、教会員の人からギターを教えてほしいと要望があったので、関心のある人たちに呼びかけて、初心者向けの講習会を開いたのです。本日の生徒は3人。チューニングの後、おごそかな(?)祈りをもってレッスンを始めました。

C(ハ長調)のキーの簡単なコードだけで弾ける曲を、まず練習してみました。シンプルな4拍子のストロークと8拍子のストロークも練習しました。3人とも、基本的な弾き方はだいたい頭に入っているようなので、スムーズに良い音を出すためには、あとは練習あるのみです。

今日の参加者がギターを弾く目的は、みな賛美の伴奏をするためなので、賛美リーダーの心構えについても少し学びました。賛美リーダーは、礼拝者の模範となり、人々が心から神様をほめたたえ、礼拝できるよう賛美を導いていくことが必要です。現代の礼拝において賛美リーダーは、非常に大きな役割を担っています。

皆がヒルソングの賛美リーダーたちのようにはできませんが、テクニック以上に重要なのは心です。真実な思いをもって創造主なる神様を礼拝していきたいですね。

「しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネ4:23-24、新改訳第3版)

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2007年10月31日 (水)

遺愛学院

昨晩は、遺愛学院の講堂で開かれたジャズ・コンサートを聴きに行きました。遺愛ではこの度、家一軒建つほど高価な(?)「スタインウェイ・フルコンサートモデル」というピアノを購入したそうで、そのお披露目コンサートということです。知り合いの方から整理券を分けていただき、親子4人で出席することができました。

佐山雅弘(ピアノ)、小井政都志(ベース)、大坂昌彦(ドラム)という3人の方からなる「M's」(マサちゃんズ)というトリオが、ゲストでした。昼間は中学生と高校生、夜は一般向けと、一日3回のコンサートをこなしたようです。ハードスケジュールにも関わらず、素晴らしい演奏を聴かせていただきました。

遺愛学院というのは、メソジスト教会から派遣された宣教師M・C・ハリス夫妻が、1874年、函館に着任したことが、設立のきっかけとなったようです。フローラ・ハリス夫人は、当時の日本の教育を憂い、米国教会の機関紙に、女子教育の必要性を強く訴えました。この記事に心迫られたカロライン・ライト夫人は、神様の導きを感じ、多額の学校建設資金を献金したそうです。病気で亡くした最愛の娘のため、貯めていた教育費用だったそうです。

初代理事長は、クラーク博士の下でクリスチャンとなり、北大初代総長ともなる佐藤昌介。昨日のコンサート会場となった講堂は、メンソレータム(メンターム)を普及させ、日本各地に西洋建築を遺した、かの有名なプロテスタント建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズとのこと。600人が座れる木のベンチも、ヴォーリズの設計だそうです。ずいぶん年季の入った椅子だと思いましたが、知らないとは恐ろしいものです。(苦笑)

もともとの学校名は、「ミセス・カロライン・ライト・メモリアル・スクール」でしたが、カタカナで分かりにくいということで、「遺愛」になったそうです。カロライン・ライト夫人が、日本の女の子たちのために遺した愛を覚え、受け継いでいくという趣旨なのでしょう。

フローラ夫人もカロライン夫人も、もちろん、イエス・キリストの遺された愛を覚え、受け継ぐ人たちでした。私たちも、後の世代に愛を遺す生き方をしていきたいですね。

「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。」(ヨハネ15:9、新改訳第3版)

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2007年10月26日 (金)

音楽の秋

今日は、小6の次女の学習発表会に行ってきました。6年生は毎年、器楽合奏や合唱が定番なのですが、今年はその他にボディパーカッションや「キーズ・ラインダンス」、そしてトーンチャイムもありました。「キーズ・ラインダンス」というのは、ポンキッキーズでやっていたそうで、音楽に合わせて踊るダンスです。

次女は、最初の「CHE.R.RY」という曲のピアノ伴奏を担当しました。秋に「CHE.R.RY」もないだろうと思いましたが、南半球の桜を見に行った気分になりました(笑)。この曲はau「LISMO」のキャンペーンソングだったそうで、春、夜桜を見ながら好きな人に携帯メールを送る切ない恋心を歌っているようです。今回の「春」は、思春期の始まりを象徴していたのでしょうか。親としては、複雑な思いがしますね(苦笑)。

北半球は秋たけなわで、七飯では木々が色づき、雪虫が飛んでいます。この秋、わが家は、ずいぶん音楽づいています。長男は先月末、中学校の合唱コンクールで指揮をし、クラスは学年で優勝しました。その2日後、近くの教会が主催したピアノ弾き語りコンサートに出席し、2週間後には中学校吹奏楽部の定期演奏会がありました。来週は、七飯町の音楽発表会に、小6の器楽合奏と中学校の吹奏楽部が出演します。今月末には、家族でジャズコンサートを聴きにいく予定です。まさに「音楽の秋」ですね。

教会では、「愛」が、すべての音楽を貫く大きなテーマとなっています。しかし、それは「恋心」や「失恋」のような、人と人との間の愛ではありません。私たち一人ひとりを形造って下さった、創造主なる神様の限りない愛。そして、その愛に応答し、ただお一人の創造主だけを愛し続けようとする私たちの思い。それらを表現した曲が、教会音楽となり、音楽スタイルが多様化した今でも、この「愛」が演奏され、歌い継がれているのです。

この秋、心から神様の愛に感謝をささげ、賛美していきたいですね。

「主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう。」(詩篇28:7、新改訳第3版)

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2007年8月 3日 (金)

吹奏楽コンクール

世の中には、知らない世界というものはあるものです。私にとって吹奏楽の世界は、長女が中学に上がるまで、ほとんど未知の世界でした。長女は、中学の吹奏楽部でフルートを吹き、部長をつとめました。今は、中2の長男が、ユーフォニアムを吹き、副部長をつとめています。

先週の金曜日は、年1回のコンクール地区大会がありました。仕事の都合がついたので、妻と次女、そして義母とともに、函館市民会館に応援に行きました。道南で35人以上の編成をもつ5つの中学校のうち、2校だけ全道大会に行けるとのこと。長女が中1の時は、所属する吹奏楽部が、東京の全国大会にまで出場した実績があります。

私は、まったくの門外漢なので、聞いてもほとんど違いが分かりません。5校のうち1校だけは、音が滑らかで、美しい印象がありましたが、あとの4校は、どこが選ばれるのか分かりませんでした。それでも審査員の方々は、しっかりと聞き分けたようです。感謝なことに、長男の吹奏楽部は、全道大会に行けることになりました。

この大会は、1940年に始まったとのこと。戦前、戦中の課題曲は、「大日本」とか「皇軍の精華」、「航空日本」といったタイトルだったようですから、時代が反映されていましたね。今年の課題曲は、「光と風の通り道」とか「憧れの街」、「ブルースカイ」といったタイトルが並んでいます。平和な時代で良かったです。

聖書では、アダムの何代か後の子孫であるユバルが、「立琴と笛を巧みに奏するすべての者の先祖となった」と記されています。モーセに率いられたイスラエルの民がエジプトを出て、「約束の地」に向かった時は、角笛と銀のラッパがお祭りや合図のために用いられました。ダビデ王の時代には、礼拝のための音楽隊が編成され、集められた「達人」たちは、288名いたそうです。

キリスト教会はもちろん、音楽と深い関わりがあります。グレゴリオ聖歌は礼拝音楽ですし、バッハもヘンデルもモーツァルトも、キリスト信仰をテーマにした曲を書いています。最近、日本でブームになったゴスペルも、もともとは賛美歌ですね。現在では、ロック調あり、ポップス調ありで、あらゆるジャンルの賛美曲があります。演歌や沖縄民謡風の曲もありますね。

世界中の人々とともに、あらゆる楽器や声を用いて、創造主なる神様を賛美していきたいですね。

「角笛を吹き鳴らして、神をほめたたえよ。十弦の琴と立琴をかなでて、神をほめたたえよ。タンバリンと踊りをもって、神をほめたたえよ。緒琴と笛とで、神をほめたたえよ。」(詩篇150:3-4)

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2007年6月15日 (金)

のだめちゃん

先日、テレビアニメ「のだめカンタービレ」を見ました(牧師っぽくない? 笑)。次女の友だちが、録画したDVDを貸してくれたそうで、第1話から6話まで入っていました。

すでにご存知の方が多いと思いますが、原作は、2001年から雑誌に連載されているクラシック音楽をテーマとしたマンガだそうです。「のだめ」とは、主人公の「野田恵」のこと。天才的で可愛らしいが、オオボケなピアノ科の音楽大生ですね。「カンタービレ」とは、楽譜に記される演奏記号で、「歌うように」という意味のようです。

昨年、テレビドラマ化された時は、上野樹里さんが主演し、相手役のエリート音大生「千秋真一」が玉木宏さん、指導する怪しげな指揮者「シュトレーゼマン」が竹中直人さん、その他、そうそうたる配役のようでした。妻は毎週、楽しんで見ていましたが、私は、ちょっとマンガチックな実写映像についていけませんでした。

平均視聴率18.8%、瞬間最大視聴率24%だそうですから、ドラマとしては、素晴らしくヒットしたようです。1月に来た韓国YWAMチームの一人も、見ていました。高校の同期会のメーリングリストでも話題に上っていて、発売されていた単行本を一度に全部購入したという、「豪傑」の方もいらっしゃいました。「大人買い」って言っていましたね、確か(笑)。

今回、最初の2話をアニメ版で拝見しましたが、たいへん楽しく見ることができました。やはり、原作がマンガだからでしょうか。アニメで見ると、「ありえなさ」が、私の許容範囲内に収まるような感じです(笑)。「のだめちゃーん、合コンしましょ」というシュトレーゼマンのセリフも、以前はよく見ていなかったため、なぜそんなことを言うのか分かりませんでしたが、今回、やっと背景が理解できました(苦笑)。

テレビドラマ以降、クラシック音楽がちょっとブームになったようですね。このドラマのために結成された「のだめオーケストラ」のCDを妻が買ってきて、時々、長男や次女と一緒に聴いています。私は普段、あまりクラシックを聴かないのですが、BGMにかけていると、これもちょっと「いやされる」ところがありますね。

神様が、鳥のさえずりだけでなく、オケの演奏をも用いて、疲れをいやして下さることを感謝します。

「もし、あなたがあなたの神、主の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは主、あなたをいやす者である。」(出エジプト15:26、新改訳第3版)

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2007年6月13日 (水)

ライフライン

昨晩は、「ライフラインのつどい」に出席しました。「ライフライン」というのは、土日の朝早くにTV放映されているクリスチャン番組なのですが、年に一回、全国各地でコンサートツアーを開催しているようです。道南では毎年6月で、今年はお隣の森町にある教会が、その会場でした。

今回の音楽ゲストは、Migiwaさんというシンガーソングライターの方です。1981年、神奈川県生まれですが、中学の頃、不登校になり、その後、ひきこもりになったそうです。自分など生きている価値がないと落ち込んでいるどん底の中、すべての人を愛し、尊んで下さっている神様と出会って、生き方が変えられました。

本場のゴスペルに感動し、2001年からゴスペルシンガーとして活動を開始したそうです。2002年にリリースした初のCD「My Only Reason」は、昨夜も歌ってくれましたが、苦しみの中で見出した「生きる唯一の意味」を訴えかけるように表現し、心に迫るものがありました。

昨年、発売されたアルバム「蟻と宇宙」では、ミュージックアドバイザーとしてゴダイゴのタケカワユキヒデ氏の協力を得たそうです。ゴダイゴのヒット曲、「ビューティフルネーム」もカバーして収録してあるとのことで、昨日も英語でしっとりと歌ってくれました。同じアルバムに入っている「きみがだいすきさ」という曲も、心の琴線にふれる素敵な曲でしたね。

ライフラインとは、もちろん命綱のこと。それは、神様の愛を伝え、死に至る道から救い、生きる希望を与えて下さるイエス・キリストのことを意味しています。Migiwaさんも、救い主を信じ、まったく新しい人生を歩むことができて、良かったですね。若い人を見ると、何だか最近は、すっかり父親気分です(笑)。

「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。」(Iヨハネ4:16、新改訳第3版)

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2007年4月27日 (金)

コンサートと発表会

先週火曜日は、実は、米国マサチューセッツ州コンコードから来た高校生たちと七飯の中学校、高校吹奏楽部による親善コンサートがありました。コンコードというのは、七飯町と姉妹都市提携を結んでいる町です。ボストンから30キロくらいの場所にあり、人口1万6千人くらいだそうです。

1620年、102人のピューリタン(清教徒)たちは英国での迫害を逃れ、信仰の自由を求めてメイフラワー号で大西洋を渡り、マサチューセッツ州プリマスに植民地を建設しました。それ以降も英国から移民が続き、1635年には、イギリス人牧師ピーター・バルクリー(Peter Bulkeley)たちが、インディアンから、現在のコンコードの地を平和的に買い取ります。これが、コンコード(Concord=協調)という町名の由来となっているそうです。

この町から100名以上の高校生バンドが来て、みごとな演奏を披露したようです。中2の長男もユーフォニアムを吹きましたが、残念ながら、済州島にいた私のところまでは、音は届きませんでしたね。

その代わり、と言ってはなんですが、日曜午後は、長男と次女のピアノの発表会を聴きに行きました。同じ教室に通う幼児から大人(?)までの35人が、日頃の練習の成果を披露します。トルコ行進曲、ムーンリバー、子犬のワルツ、ノクターン、「美女と野獣」のテーマ、ユーレイズミーアップ、「ルパン三世」のテーマなど、私でも知っているような曲がたくさんありました。

親としては、わが子が2人とも大きなミスをせず、無事に演奏を終えてくれたので、ホッとしました。本人たちも満足のいく演奏だったようです。一緒に聴いていて下さった神様も、きっと喜んでおられたことでしょう。

発表会で何より驚いたのは、演奏した子どもたちが、ずいぶん大きくなっていたことです。長男と幼稚園から一緒だった女の子たちは、同じ吹奏楽部の子もいるのですが、皆すらりと背が高くなり、お母さんたちを追い越したりしているようです。

長男と次女の行った幼稚園のテーマ聖句は、「せいちょうさせてくださったのは、かみさまです」でした。園児たちが、このみことばを一緒に読んだ元気な声が、今も聞こえるようです。子どもたちを、すくすくと成長させて下さっている神様に感謝します。

「それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。」(Iコリント3:7、新改訳第3版)

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2006年10月24日 (火)

吹奏楽

日曜日の午後は、中学校の吹奏楽部・定期演奏会に行って来ました。中1の息子が出演するためです。定期演奏会は、長女の時以来、3年ぶりになります。長女はフルートで、3年の時には部長もつとめましたが、息子はユーフォニアム(小さなチューバ?)を吹き始めたばかりです。フルートは前の方に座るため、観客席から見やすかったのですが、ユーフォニアムは80名以上いる部員の真ん中あたりなので、妻と二人で3階席まで行き、ズームを駆使してビデオを撮りました。

私は、部活はずっと体育会系であり、楽器も得意ではなく、さらには父と違ってオーケストラ演奏等もあまり聞かなかったため、吹奏楽にはまるで関心がありませんでした。高校の時は、放課後、屋上か音楽室方面から、金管楽器の練習らしき音が聞こえていたことだけは覚えています。大学の時は、友人が応援部でトロンボーンを吹いていたので、確か、演奏会を聴きに行ったような気もします。しかし、私はどちらかというと、屋内の演奏会よりも、神宮球場で野球部を応援する方が好きでした。

中学校の吹奏楽部と関わるようになり、たいへん感銘を受けたのは、顧問の先生や部員たちの頑張りはもちろんですが、親たちが実によくお手伝いをしているということです。妻も日曜日は朝、弁当を作り、礼拝後は昼からお手伝いにかり出され、演奏会の受付から慰労会の雑用までこなし、息子と二人で帰ってきたのは、夜9時頃でした。他にもさまざまな演奏会やコンクールがあり、これが3年間続きます。親もよく頑張って応援していると思います。

私たちの人生を見守って下さっている神様も、同じように私たちのことを、応援して下さっているに違いありません。天使たちも、もうすでに天国に入れられている人たちも、私たちのことを見守ってくれているのではないでしょうか。たくさんの応援に力づけられ、地上における人生を、しっかりと完走していきたいと思います。

「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」(ヘブル12:1、新改訳第3版)

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