礼拝

2017年9月17日 (日)

互いの違いに配慮する

 今週水曜日、東京・浅草であるイベントが開催されます。「ムスリム観光客の気分でまわる浅草ツアー」です。浅草は、日本で一番ムスリム観光客に人気の街だそうです。浅草寺の門前町として、浅草は発展して来ました。浅草寺には、観音像が祀られています。イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教と同じで、偶像礼拝を禁じています。なぜ浅草が一番ムスリムに人気なのか、不思議ですね。観光で来るので、自分たちの国にはない異文化を見たいのかもしれません。水曜日のツアーを企画したのは、日本商工会議所・東京商工会議所・日本マレーシア経済協議会。ムスリム観光客へのサービスを学びたい人が、対象です。彼らが浅草でどんな物を買い、どんな料理を食べるのか、見て回るそうです。最初は、ハラール対応のお寿司屋さん「すし賢」でランチ。東京で最初のハラール寿司屋とのこと。その後、他のお店も見て回り、最後にハラール・ベジタリアン対応カフェにて懇談。貴重な学びができて、ランチ、お茶、お土産がついて、なんとお値段5000円!学生は1000円割引です!

 最近、来日するムスリム観光客が増えているそうです。それに合わせ、日本でもハラール対応のお店が増加しています。私が住む所沢にも、ハラールフードを扱うお店があるようです。ハラールとは、イスラムの教えで食べて良いとされる料理。食べられないのは、豚や犬、猫、カエル、蛇など。アルコールもダメです。人の思いが神から離れる危険があるためとのこと。牛や羊などは大丈夫ですが、肉にする時は、必ずムスリムの人が屠殺しなければならないそうです。イスラムの祈りを唱えながら、ナイフで頚動脈を切ります。完全に血を抜いた後、解体します。保管場所や輸送のトラックも、豚肉などと完全に分けなければなりません。日本では馴染みのない習慣が多いですね。ムスリム観光客を受け入れるには、たくさん学ぶ必要がありそうです。

 旧約聖書にも、食物規定があります。ヘブライ語で、カシュルートと呼ばれています。モーセの律法の中に記されています。ユダヤ人が命じられたのは、イスラム教が生まれる2000年近く前のことです。ユダヤ人も、豚肉を食べてはいけません。犬や猫、カエル、蛇などもダメ。肉の解体方法も、律法に定められています。ただ、イスラムとは違う点もありました。アルコールは、禁じられていません。ぶどう酒は、神の祝福を象徴していたのです。新しいぶどう酒ができると、人々はその恵みを神に感謝しました。しかしぶどう酒の祝福は、呪いに変わる危険もありました。人々の心が神から離れると、ぶどう酒は神のさばきの象徴にもなりました。人の心を惑わせ、全てを失わせる危険物でもあったのです。そのため律法を守るユダヤ人たちは、今でも深酒はしないそうです。ぶどう酒を飲むのは、安息日かお祭りの時に限られるそうです。

 イエス様が十字架につかれたのは、過越の祭りの時でした。最後の晩餐でぶどう酒の杯をとり、これは血による新しい契約だと言われました。ぶどう酒は、イエス様が全人類のために受ける神のさばきの象徴でした。同時にそれは、新しい契約の恵みも象徴していました。全ての人が受けられる恵みです。イエス・キリストを信じる人は、誰もが神の祝福の民とされます。もはやユダヤ人もムスリムもありません。食物規定があってもなくても関係ありません。信じるなら、全ての人が神の永遠の祝福を受け取ることができます。しかしそれは、私たちの違いが全てなくなるということではありません。聖書の教えに反しない限り、食物規定を守り続ける人はいるでしょう。守る必要がないと信じる人もいます。背景の全く異なる私たちが、一つの家族とされます。神の愛を受け、互いの違いに配慮することのできる家族に加えられるのです。

「あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。」(ローマ14:1)

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2017年9月10日 (日)

天の品位を身に着ける

 先週は、秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんの婚約が正式発表されました。ほほえましい会見でしたね。互いの魅力を聞かれると、眞子さまは「太陽のような明るい笑顔」と答えられました。圭さんは、「月のように静かに見守ってくださる存在」と語りました。理想の家庭については、こういう言葉がありました。「温かく、居心地が良く、笑顔あふれる家庭。」「いつも自然体で和やかな家庭。」日本中で多くの人が、お祝いの言葉を寄せていました。二人がデートしたとされる長瀞町では、横断幕も掲げられたそうです。(長瀞まで電車で行ったなら、所沢経由だったのでしょうか。)プロポーズは4年前で、結婚式は来年秋。丁度良い時期を待っていたようです。皇族のご結婚はいろいろ準備がありそうで、時間がかかりますね。

 結婚すると、眞子さまは皇族でなくなります。その時、国から一時金が支払われます。元皇族の品位を保つためだそうです。1億数千万円ほどになる見込みです。品位を保つには、お金がかかるようですね。普通の人と大きく違う点は、警備の厳重さです。皇族でなくなると、警備費は自分で払わなければなりません。天皇の長女・黒田清子さんは、12年前に結婚されました。最初の頃は、スーツ姿のSPが、常に張り付いていたそうです。その後、黒田さんは都心のマンションに引っ越しました。セキュリティーが厳重な場所で、1億円ほどしたようです。眞子さまも、同じように警備にお金がかかりそうですね。品位とは、上品な人柄のこと。天皇家に生まれた子供たちは、皇族として育つプロセスの中でふさわしい品位を身に着けられるのでしょう。お金で買えるものではありません。でも身の安全やプライバシーがなければ、品位が傷つけられることもあり得ます。結婚後は「居心地の良い家庭」となり、品位が保たれてほしいですね。

 モーセは、王族の品位を身に着けていた可能性があります。彼は、超大国エジプトの王宮で育ちました。王女に拾われ、彼女の養子となりました。大人になると、王族の一員として公務も果たしたはずです。しかし彼は、誤って人を殺してしまいました。エジプトから逃亡し、王族の身分を失いました。一時金も、もらえませんでした。ミデヤンの地で、彼はイテロの家族と出会いました。羊に水を飲ませていたイテロの娘たちを助けてあげました。それがきっかけで、彼はイテロの家族と一緒に住むようになりました。イテロは、モーセが気に入ったようでした。彼の人柄を見て、信頼したようです。自分の娘チッポラを、彼と結婚させました。(記者会見も横断幕も、なかったと思います。)その後40年間、モーセは羊飼いとして、忠実に家族を支えました。義理の父イテロの忠告にも、謙虚に耳を傾けました。神の声を聞いた後も、その人柄は変わりませんでした。彼は、「地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」と記されています。エジプトで身に着けた王族の品位は、荒野で神の完璧な警備に守られ、さらにバージョンアップしたかもしれません。

 そのモーセは、キリストの到来を予告しました。「私のような預言者が起こされる」と、彼は語りました。イエス様は、最高の品位を身に着けたお方です。イスラエル各地を巡り歩き、天の王の品位を人々に示されました。イエス・キリストを信じる人は、その品位を受け継ぐことができます。天の王族に加えられ、品位を身に着けることができるのです。天のSPによる完璧な警備つきです。何かの必要が生じれば、一時金ではなく、必要な時に十分なものが与えられます。天の王なるイエス様は、私たちが天の品位を身に着け、保つ環境を全て整えておられるのです。

「主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。」(ローマ13:14)

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2017年9月 3日 (日)

全能の神の「パワースポット」になる

 毎週土曜日の朝、「にじいろジーン」という番組がテレビで放映されています。今年10年目の長寿番組です。4月からは、新しいコーナーが始まりました。出演者が、日本全国の「パワースポット」を巡るコーナーです。「パワースポット」とは、ある日本人が造った造語で、霊的な力がみなぎる場所のこと。その力を求め、たくさんの人が集まります。有名なのは例えば富士山、伊勢神宮、出雲大社等。所沢周辺には三峰神社、川越氷川神社、所沢神明社等もあります。番組では毎週、異なる場所が紹介されます。そんなにたくさん「パワースポット」があるのかと驚かされます。ガレッジセールのゴリさんはレギュラー出演者なので、毎週どこかの神社やお寺に参拝します。このコーナーが始まった頃、彼はこう言っていました。「これで年末、僕らの仕事ぶりに変化が無かった時が怖いですね。…絶対結果出さなきゃな~(笑)。」

 日本人は、無宗教だとよく言われます。しかし多くの人が、「パワースポット」の目に見えない力を信じているようです。マスコミもこれまで、たくさんの場所を「パワースポット」として紹介して来ました。旅行会社は、「パワースポット」を訪れるツアーを企画しています。パワーをもらうには、正しい方法で参拝すべきだと教えるウェブサイトもあります。最近は、若い女性の間で朱印集めが流行りだそうです。パワースポットの神社やお寺を参拝する時、可愛らしいノートを持参します。そこに参拝日と場所を書いてもらい、印を押してもらうのです。朱印は、お守りと同じだと考えられています。つまりこのノートがあれば、パワースポットのパワーをどこにでも持ち運べると信じられているのです。

 モーセのパワースポットは、シナイ山でした。彼は、そこで燃える柴を発見しました。その時、天地創造の神から大きな使命が与えられました。エジプトのユダヤ人を解放し、その山に連れて来る使命です。使命達成のため、彼には特別なパワーが与えられました。超大国エジプトのあらゆる霊的パワーにまさる偉大なパワーです。次から次へと奇跡が起こり、モーセはユダヤ人をシナイ山に連れて来ました。すると神は、彼らの特別な使命を明らかにされました。天地創造の神だけを礼拝し、全世界の民族の模範となる使命です。神のパワーの素晴らしい祝福を彼らが体験し、それを全世界の人と分かち合う使命でした。シナイ山に代わる、新たなパワースポットも与えられました。契約の箱です。それは、全能の神がとともにいる象徴でした。契約の箱は、どこにでも持ち運び可能でした。神のパワーは、いつでもどこでも彼らとともにあったのです。全能の神の力は、異邦人が頼りとするあらゆる霊的パワーにはるかにまさりました。ユダヤ人は契約の箱とともに前進し、約束の地を手にすることができたのです。

 契約の箱はダビデ王により、エルサレムにあるシオンの山に安置されました。ソロモン王は、そこに神殿を築きました。シオンの山は、イスラエルの国のパワースポットになったのです。ところがユダヤ人は、次第に創造主の力ではなく、偶像の力に頼るようになりました。全能の神から心が離れ、礼拝しなくなりました。結局、神殿は破壊され、契約の箱は行方不明になりました。天地創造の神のパワースポットは、地球上から消え失せてしまったのです。

 イエス様は、このパワースポットを再建しに来られました。イエス・キリストを信じる人は、一人ひとりがパワースポットとされます。全能の神の神殿とされ、聖霊の力が注がれます。全能の神は天下無敵なので、どこかに別の力をもらいに行く必要がありません。いつでもどこでも私たちは天地創造の神を礼拝し、そのパワーをいただくことができるのです。

「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」(ローマ12: 1)

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2017年8月27日 (日)

神の優しさと厳しさを知る

 映画「アメイジング・ジャーニー 神の小屋より(The Shack)」は、9月9日に日本で公開となります。女優のすみれさんが、ハリウッドデビューした話題作です。原作者のウィリアム・ポール・ヤングさんはカナダ人で、両親は宣教師でした。幼い頃、彼は両親の宣教地である西ニューギニアで育ちました。かつてイリアンジャヤと呼ばれ、未開部族が住んでいた土地です。両親はその後、カナダに帰り、牧師になりました。ヤングさんは神学校で学び、大きな教会のスタッフになりました。結婚後、子供が6人生まれました。「神の小屋」は、その子たちのために書いたそうです。最初、自費で15冊作りました。彼の友人たちには、出版を勧められました。でも、26の出版社から断られたそうです。結局、ヤングさんは自分たちで会社を作り、2007年に出版しました。すると口コミで評判が広がり、1年でなんと100万部売れました。さらにニューヨークタイムズのベストセラーリストで、70週連続1位になりました。2年後には1千万部以上売れ、表彰を受けたそうです。多くのクリスチャンは、この本を絶賛しました。しかし、神学的な問題点を指摘する声も多くありました。

 物語は、結婚して子供が5人いるマックが主人公です。彼は、家族で森にキャンプに出掛けます。そこで末っ子ミッシーは誘拐され、殺されます。父親のマックは、心に大きな傷を負います。神への信仰も失いかけます。しかし彼は、神との不思議な出会いを体験します。そして、心の傷が癒されます。私も以前、友人に勧められ、この本を読みました。感動的な結末でした。ただ私にも、気になる点がいくつかありました。その一つは、殺された娘の名がミッシー(Missy)だったこと。Missyは、私の妻のニックネームです(笑)。小説とはいえ、嫌な感じがしました。最も違和感があったのは、父なる神の姿です。「パパ」と呼ばれる人は、ママのようなアフリカ系の女性でした。なぜママが、「パパ」なのか。それには、理由があったのです。でもこの設定には、私以外にも違和感を持つ人が多かったようです。ちなみにイエス様は、ユダヤ系の逞しい男性として登場します。イエス様は大工だったので、イメージ通りですね。聖霊は、不思議な感じが漂うアジア系の女性です。すみれさんは、この役を演じています。

 天の父なる神は、実は男でも女でもありません。神は霊であるため、性別がないのです。「父」というのは、私たち人間の理解を助けるための呼び名に過ぎません。父なる神は、父親のような厳しさも母親のような優しさも、両方持っておられます。父のような力強さで全世界を創造し、母のようないつくしみで私たち一人ひとりを包んでおられます。アブラハムの子孫を特別な子供たちとして受け入れ、親として大切に育てて来られました。時には父のように厳しく、彼らを訓練されました。あるいは母のように優しく、彼らのあらゆる必要を満たされました。彼らが神に反抗すると、父なる神は彼らに厳しく接しました。ついには国を滅ぼし、人々をその地から追い出されました。それでも神は母のように優しく、彼らに寄り添い続けました。捕囚の地でも彼らを決して見捨てず、人々が約束の地に帰る手助けをされたのです。

 イエス様は、神の「霊的DNA」を持つひとり子です。パリサイ人や律法学者たちには、厳しく接しました。社会を指導する立場にいながら、人々を間違った方向に導いていたからです。弱い人や苦しんでいる人には、優しさを示されました。彼らにいつくしみの光を照らし、希望を与えるためです。イエス様は、創造主なる神がどんなお方か教えに来られました。イエス・キリストを通し、私たちは神の優しさと厳しさの両面を知ることができるのです。

「見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです。」(ローマ11:22)

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2017年8月13日 (日)

人々の救いを願い求める

 あさって15日は、「終戦の日」です。日本では、この日に第2次大戦の終わりを記念し、特別な催しが開催されます。戦没者追悼式や平和集会などです。韓国や北朝鮮でもこの日、日本の支配の終わりをお祝いするそうです。でも実は、戦争が終わったのは8月15日ではありません。日本がポツダム宣言を受け入れると海外に伝えたのは、8月14日。降伏文書への調印は、9月2日です。欧米では、この日が対日戦勝利の日とされているとのこと。さらに平和条約が成立し、正式に戦争状態が終わったのは、7年後の4月28日でした。8月15日は、このどれにもあたりません。その日は、天皇が国民に終戦を告げた日でした。当時の日本は、天皇が中心の国でした。戦争開始や終了を決める最終的な権限は、天皇にありました。しかも天皇は、日本を治める神々の子孫として敬われていました。天皇の言葉は、絶大な影響力を持っていたのです。実際、終戦の発表を阻止しようとした人々もいました。戦争継続を主張した一部の軍人たちです。彼らのクーデターは失敗に終わりました。陸軍大臣は切腹しました。そして天皇の言葉は、ラジオで国民に伝えられたのです。

 その日、天皇は終戦についてこう語りました。「天皇家は先祖代々、日本国民の平穏無事と世界の繁栄を願って来た。この戦争は長く続き、日本には不利な状況となった。残虐な新型爆弾(原爆)も落とされた。このまま戦争が続けば、日本人は滅亡する。戦争で死んだ人々を思うと、内臓が引き裂かれるようだ。日本は、これからたいへんな苦難を経験するだろう。しかし耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、未来のため平和への道を開きたい。」たいへんな数の命が、すでに失われていました。その人たちが願った勝利は、得られませんでした。しかし戦争を継続すれば、さらに多くの犠牲が予想されました。そこで天皇は、国民に戦争の終わりを告げたのです。まだ生きている多くの人々の命を救いたいと願ったからです。

 イスラエルも、かつて戦争に負けました。もっとひどい負け方でした。ソロモン王の死後、彼らの国は南北に分裂しました。北の王国は、アッシリアとの戦争に負けました。国は滅ぼされ、人々は世界中に散らされました。その時以来、彼らは行方不明です。南の王国は、バビロニアとの戦争に負けました。国は滅亡し、ユダヤ人たちはバビロニアの国に連れ去られました。70年経って、彼らの一部は元の領土に戻ることができました。でも祖国は、滅んだままでした。バビロニアの後、ペルシア、ギリシア、そしてローマが彼らの支配者となりました。ユダヤ人たちは、祖国の復興を願い続けました。戦争状態が終わり、占領軍が立ち去る時を待ち続けました。救世主が現れ、「もはや戦後ではない」と宣言される時を求め続けたのです。

 イエス様は救世主として、その宣言をしに来られました。しかしそれは、イスラエルの独立宣言ではありませんでした。世界中の人々が争い、互いに傷つけ合う時代は終わったと宣言されたのです。人類は創造主なる神から離れ、無益な争いを繰り返して来ました。数えきれないほどの人が、尊い命を落として来ました。創造主は、人々の争いを終わらせ、できるだけ多くの命を救いたいと願われました。人類の代表としてイスラエルを選び、彼らを通して神の計画を伝えられました。そしてその約束通り、イエス様が来られたのです。イエス・キリストを信じる人は、無益な争いから救われます。神の平和を喜ぶことができます。その喜びを全世界の人と分かち合いたいと願うようになるのです。

「兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。」(ローマ10:1)

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2017年8月 6日 (日)

神のあわれみを感謝する

 大和ハウスのCMに、2年前から竹野内豊さんが出演しています。天井の高い家のCMです。その家には4人家族が住み、竹野内さんはお父さん役です。妻役は、女優の中村優子さん。双子の女の子がいて、家で遊んでいます。妻と子供たちは、天上の高い家を喜んでいます。お父さんも一緒に喜んでいるように見えます。しかし彼には、家族に言えない秘密がありました。本当は、天井の高さを喜んでいなかったのです。彼は子供のころから、天井が低く、狭い所が好きでした。好きな場所は、ダンボールで作った小さな家、押し入れの中、カプセルホテル、あるいは机の下のスペース・・・。天井の高い家を喜ぶ家族には、話せない秘密でした。ところが今年のCMで、新たな事実が判明しました。妻は、夫の秘密を知っていたのです。「私は全部知っている」と、妻は心の中でささやきます。「天井が高いって最高だな」と、夫は言います。妻は笑顔になりますが、心の中では「嘘つき」と言っています。ちょっと怖いですね。

 子供の多くは、狭い所で遊ぶのが好きなようです。ダンボールの中、部屋の隅、ソファの後ろ等です。いつもと違う暗く狭い場所に入ると、心がわくわくするという見方があります。一方、子供は狭い場所に安心感を持つという見方もあります。狭くて暗い、壁に閉ざされた空間は、お母さんのお腹の中のようだからです。竹野内さん演じるお父さんは、大人になっても子供の心を持ち続けているようですね。

 ヘブル語の「あわれむ」、「ラーハム(racham)」という単語は、「子宮(レヘム; rechem)」という言葉がもとになっているそうです。この単語は、3つの子音から成り立っています。「ר (レーシュ)」は人、「ח (ヘート)」は塀で囲まれている様子、「ם (メーム)」は水で隠されているものを表します。この3つが組み合わさると、「人が水の中に隠され、守られている場所」という意味になります。新しい世界に飛び出すまで、子供は母親のお腹の中でしっかり守られます。十分な栄養が与えられます。最初は目に見えないほど小さないのちが、誰の目にも明らかな大きさに成長します。同じように神のあわれみは、私たち一人ひとりをしっかり包み、霊的に大きく成長させてくれるのです。

 たいへん興味深いことに、神のあわれみを思い起こすため、ユダヤ人たちは毎年秋、「狭い場所」に入ります。仮庵の祭りです。彼らの先祖はエジプト脱出後、40年間荒野のキャンプで、テント生活をしました。次世代育成ブートキャンプです。神はその間、彼らの生活全てを守り、信仰を養い育てられました。神のあわれみが真実であることを彼らに示されたのです。その体験にちなみ、仮庵の祭りには仮小屋を作り、1週間そこで過ごします。「狭い場所」に入って神のあわれみを思い起こし、感謝するのです。

 神であるイエス様は、人間の体という狭い場所に入って下さいました。人類を代表し、暗く狭い墓の中にも入って下さいました。その場所は、神の限りないあわれみで包まれていました。イエス様はそこで少しだけ休み、新しい世の到来を告げるため、再び外に出て来られました。イエス・キリストを信じる人は、神のあわれみを知ることができます。地上の体という狭いテントで過ごしながら、永遠の世界に飛び出す準備を進めることができます。ひょっとしたらCMの竹野内さんのように、狭い場所が好きになるかもしれません。そこで神のあわれみを思い起こし、感謝できるからです。

「したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。」(ローマ9:16)

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2017年7月30日 (日)

ぶっちぎりの勝利を手にする

 おもちゃメーカーのタカラトミーは今年4月、「人生ゲーム MOVE!(ムーブ)」を発売しました。人生ゲームシリーズ60作目です。今回初めて、ルーレットに歯車(ギヤ)が追加されました。運命の歯車を回すと、思いもよらない人生が体験できるそうです。これまでの人生ゲームは、自分の力や運で未来を切り開きました。しかし今の時代、景気その他の外的要因で人生が左右されることが多くあります。未来を見通すことは難しくなっています。そこで今回のゲームでは、運命の歯車が自分だけでなく、他の人の人生も大きく変える仕組みです。何が起こるか分からない、現実に即した人生を体験できるという話です。時代を反映した出来事も起こります。例えば、こうです。「ネットアイドルになり、2万ドルもらう。格安SIMで電話代が浮き、1万2千ドルもらう。婚活サイトに登録し、2千ドル払う。私生活が週刊誌に暴露され、2千ドル払う。(文春?いや先週は新潮でした!)」タカラトミーは発売を記念し、人生の歯車が狂ったエピソードも募集中。大賞をとると、世界に1つだけのオリジナル人生ゲームがもらえます。明日7月31日が応募締切りです!(笑)

 人生ゲームは、ルーレットを回して人生のマス目を進むゲームです。マス目には、人生のさまざまな出来事が記されています。就職や結婚、出産、家の購入など・・・。最終的に目指すゴールは、億万長者! 初代のゲームは、1960年に米国で発売されました。日本での発売開始は、1968年です。英語版をそのまま翻訳したので、日本にはなさそうな、こんな出来事も含まれていました。「牧場を売って16万ドルもらう。石油が出て1万ドルもらう。羊が隣の家の蘭を食べて、1千ドル払う。」このゲームは、米国の会社が創業100周年を記念して発売しました。会社が設立された1860年は、アブラハム・リンカーンが大統領に選ばれた年。創業者のミルトン・ブラッドレーという人は、リンカーンの肖像画を印刷・販売していました。その後、「Checkered Game of Life(人生の変化に富むゲーム)」というゲームを発売し、大ヒット。南北戦争の兵士たちも暇な時間に遊べるように、ポケット版も作られたそうです。

 実は、ブラッドレーのゲームには、モデルがありました。1800年に英国で発売された「The Mansion of Happiness(幸せの大邸宅)」というゲームです。このゲームは、ジョージ・フォックスという人が考案しました。米国でも発売され、ボードゲームの先駆けと呼ばれました。ゲームには、英国のピューリタン(清教徒)的な考え方が盛り込まれていました。目指すゴールは、「幸せの大邸宅」。それは、億万長者の家ではありません。天国です。ゲームをする人は、誰が最初に天国に行けるか競走したのです! 聖書的な「徳」が記されたマスに来ると、幸せの家に近づきました。「悪徳」が書かれたマスに来ると、幸せの家から遠ざかりました。幸せになるにはどう生きるべきかを、子どもたちに教えるゲームだったのです。ブラッドレーのゲームも、善い行いと悪い行いのマスでできていました。ただゴールは天国ではなく、「happy old age(幸せな老後)」でした。善い行いを通して、アメリカンドリームを実現させるという考え方だったのです。

 イエス・キリストを信じる人は、誰でも「幸せの大邸宅」にゴールインします。信仰により、ゴールが確定します。行いではありません。逆にゴールが決まることにより、私たちの行いは変わります。「幸せの大邸宅」に住む人として、幸せな生き方を選ぶようになります。悪い行いを遠ざけ、善い行いを選びます。幸せになるのは、老後や死後までおあずけではありません。ゴールに向かう途中から、永遠の幸せを喜ぶことができます。この世の富にはるかに勝る幸せです。イエス様とともに生きるなら、このぶっちぎりの勝利を手にできるのです。

「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」(ローマ8:37)

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2017年7月16日 (日)

プレミアムな実を結ぶ

 先日、金沢市の卸売市場でぶどう1房が111万円で売れたそうです。石川県が開発した高級ぶどう「ルビーロマン」の初競りでした。買ったのは、極上の「おもてなし」で知られる高級旅館・加賀屋さん。今年、創業111年だそうです。総支配人の手島さんは、こう語りました。「販売開始10周年の節目に何とか購入したかったので喜んでいる。たくさんの人に食べてもらいたい。」購入後は、すぐ旅館ロビーに飾られたそうです。1房30粒ほどなので、計算すると1粒37,000円。食べられた幸運な人は、誰だったのでしょうね?

 「ルビーロマン」は、22年前に開発が始まりました。石川県では、デラウェアなど小粒のぶどう栽培が盛んでした。ところが当時、大粒のぶどうが人気となり、小粒ぶどうは売れなくなりました。石川県のぶどう農家は、困り果てました。「赤くて大粒のぶどうがほしい」と強く願ったそうです。そこで県の農業研究センターは、黒い大粒ぶどうに赤いぶどうを掛け合わせる試みを始めました。400粒の種を蒔き、大切に育てました。その中で赤い実をつけたのは、たった4本。その4本について、実の味や色、大きさ、栽培しやすさなどを比べました。そして最終的に1本に絞りました。開発に14年かかりました。1粒の大きさは20グラム以上で、巨峰の2倍ほどになりました。酸味が少なく、甘味が非常に強い。皮はむきやすく、食べやすいそうです。名前は公募しました。「色はルビーのように輝き、大きさにロマンが感じられる。」そういう理由で、この名前になったそうです。1年目の競りでは、1房最高10万円の値がつきました。それ以降、価格は伸び続けて来たようです。育てるのが容易ではなく、農家の人たちは苦労しているようです。「言うことを聞かない憎い女のようだ」と言った人もいます。(なぜか「峰不二子」という名前が思い浮かびました 笑)労苦の末に美しいぶどうが実れば、育てた人は嬉しいでしょうね。特に優れたルビーロマンには、「プレミアム」シールが貼られるそうです。

 ぶどうは、古くから栽培されて来ました。創世記9章には、ノアがぶどう作りを始めたと記されています。大洪水の後、箱舟がとどまったアララテ山の近くだったかもしれません。今のトルコの一番東、アルメニアとイランとの国境付近です。古代エジプトにも、ぶどうがあったようです。監獄にいた献酌官長は、ぶどうの木の夢を見ました。ヨセフは、その夢の意味を解釈しました。カナンの地にも、ぶどうの木がありました。出エジプトの後、モーセは12人のスパイをその地に遣わしました。ちょうど、初ぶどうが熟する季節。彼らは、ぶどうが1房ついた枝を切り、持ち帰りました。約束の地の豊かさを示す証拠品でした。神は、ぶどうが豊かに実るカナンの地をアブラハムの子孫に与えられました。それ以来、ぶどうやぶどう畑はイスラエルの象徴となりました。神は畑を手入れし、そこに大切なぶどうを植えた農夫のようでした。甘いぶどうがなるのを楽しみにしていました。ところが、できたぶどうは甘くありませんでした。酸っぱかったのです。ユダヤ人たちは神から離れ、天の光を十分浴びませんでした。そのため、彼らの実は甘くならなかったのです。

 しかし神は、甘いぶどうを諦めませんでした。御子イエスを遣わし、ぶどう畑を作り直されました。イエス・キリストを信じる人は、たった1本に絞られたぶどうの木に接ぎ木される枝のようです。神の光を十分に受け、甘い実を結びます。その甘さや大きさは、ルビーロマンよりはるかに勝ります。言うことを聞かない憎い枝も、神が深く愛し、変えて下さいます。高価で尊い実を結ぶことができます。金曜日も目一杯働かれる神が、「プレミアム」シールを貼って下さるのです。

「私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、律法に対しては死んでいるのです。それは、あなたがたが他の人、すなわち死者の中からよみがえった方と結ばれて、神のために実を結ぶようになるためです。」(ローマ7:4)

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2017年7月 9日 (日)

新たな生き方をする

 最近は、将棋ブームだそうです。天才中学生・藤井聡太君が、プロ将棋公式戦の連勝記録を塗り替えたからです。彼がプロとして初めて対戦したのは、加藤一二三さん(愛称ひふみん)でした。それまで加藤さんは、最年少の14歳7か月でプロになった記録を持っていました。「神武以来の天才」と呼ばれたそうです。しかし今回の藤井君は14歳2か月で、新記録を樹立しました。二人が対戦した時、加藤さんは76歳で年齢差は64歳6か月。これも新記録とのこと。藤井君は、21世紀生まれです。加藤さんは、19世紀生まれの棋士や20世紀生まれの棋士とも対戦したことがあり、3つの世紀に生まれた棋士と対戦した記録を持つのは、唯一、加藤さんだけだそうです。藤井君との戦いに負けた後、加藤さんは引退が決まりました。藤井君はその時、こうコメントしました。「加藤先生とはデビュー戦で対局して、多くのことを学ぶことができました…もう迫力のある対局姿が見れないかと思うと、自分としても一抹の寂しさがあります。」これに対し、加藤さんはこうコメントしました。「あの少年棋士が引退する私に対して寂しいと言ってくれた…『素晴らしい後継者を得た』と感動しました。」藤井君の連勝がストップした時、加藤さんはこうツイートし、エールを送りました。「棋士人生はまだまだこれから!…人生も、将棋も、勝負はつねに負けた地点からはじまる。」

 加藤一二三さんは30歳の時、東京・下井草のカトリック教会で洗礼を受けました。洗礼名はパウロ。「パウロ先生」とも呼ばれるそうです。加藤さんが洗礼を受ける決心をしたのは、2つ理由があったようです。1つは当時、将棋に行き詰っていたこと。連戦連敗でした。もう1つの理由は、人生も将棋と同じではないかと考えたこと。幸せになるために、「最善手」があるのではないかと考えたそうです。いろいろ探し求め、たどり着いたのがキリスト教でした。クリスチャンになったことで、彼の心は変えられました。自分ができる限りのことをしたら、後は神様にゆだねるようになりました。もしクリスチャンにならなかったら、その後の多くの戦いで負けただろうと加藤さんは言っています。心に平安があったから、チャンスをつかむことができました。対局中、相手の前で賛美歌をハミングすることや、席をはずして祈ることもありました。麹町の教会では長年、夫婦で結婚講座を担当して来たそうです。三鷹の教会では、将棋を教えて来ました。将棋の本には、キリスト教の話を書きました。56歳の時は、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世から騎士団の勲章が授与されました。カトリック教会の活動に貢献した人が受ける勲章です。その時、こう挨拶したそうです。「私は棋士ですが、騎士にもなりました。ヴァチカンに事件が起きれば、白馬にまたがってはせ参じなければいけません。」

 聖書の中にも、多くの戦いが記録されています。アブラハムは、おいのロトを拉致した人々と戦いました。モーセたちは、荒野でアマレク人と戦いました。ヨシュアたちは約束の地に入り、カナンの人々と戦いました。ギデオンはミデヤン人と、サムソンやダビデはペリシテ人と戦いました。神を信じる時、彼らの心には平安がありました。そして彼らはチャンスをつかみ、勝利を得ることができたのです。

 イエス・キリストを信じる人は、心の平安が得られます。行き詰まりを乗り越え、チャンスをつかめます。ピンチが来たら祈り、賛美歌をハミングもできます!最高の幸せを手にするため、新たな生き方をすることができるのです。

「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。」(ローマ6:4)

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2017年7月 2日 (日)

神の平和の使者となる

 先月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎えました。第2次大戦末期の沖縄戦で、組織的な戦闘が終わった日です。毎年この日には、戦没者追悼式が糸満市の平和祈念公園で開催されるそうです。式典の日ではありませんが、私も何回かその公園に行ったことがあります。公園内には大きな黒い石の板が、数えきれないほど並んでいます。その石の板に、沖縄戦で亡くなった24万人余りの人の名前が刻まれています。日本人も米国人も、その他の国の人たちも、分け隔てなく記されています。軍人、民間人の区別もありません。その石の数を見ると、3か月ほどの戦闘でどれほど多くの命が失われたのか、実感することができます。沖縄戦は、日米の戦いで最も激しい地上戦でした。日本軍は戦力が足りなかったため、沖縄の住民を戦争に駆り出しました。中には、10代前半の子供も含まれていました。米軍に捕まりそうになり、集団自決した人もたくさんいました。スパイ容疑で日本軍に殺された沖縄の住民も多かったそうです。県民の4人に1人が亡くなったと聞きます。

 今年の追悼式では、高校3年生の上原愛音(ねね)さんが、自ら作った平和の詩を朗読しました。彼女は、親族に沖縄戦の経験者はいないそうです。しかし、幼いころから平和について学んで来ました。おじいやおばあたちが、教室で昔の話をしてくれました。爆音の中、裸足で砂利道を走った話。仲間の叫び声が聞こえた話。昨日まで温かかった手が、冷たくなっていた話。そのような話を聞き、彼女は二度と戦争をしてはならないと強く思いました。「昔の人たちの痛みを忘れてはならない。平和のために働きたい。」そう願いました。彼女は将来、看護師になりたいそうです。「国境なき医師団」に加わり、心身が傷ついた人の手当てをしたいとのこと。「私達は、…きっと愛しい人を守り抜くことができる。この地から私達は、平和の使者になることができる。」それが、上原愛音さんが私たちに投げかけた平和のメッセ―ジです。

 慰霊の日の翌日から、日本全国で「ハクソー・リッジ」という映画が公開されています。沖縄戦の実話に基づいた映画です。主人公のモデルは、デズモンド・ドスという米衛生兵。彼はクリスチャンで、武器を持たずに沖縄戦に参加しました。人を殺すのではなく、助けるために戦場に行ったのです。崖を登って頂上に立った時、仲間のために祈ったそうです。「彼らが無事に帰れるように」と。日本軍の攻撃は、非常に激しいものでした。彼の部隊は、撤退を決めました。ところが負傷した兵の中には、動けない人たちがいました。するとドスさんは、敵の猛攻撃の中、一人ひとりを助け出したのです。負傷者を崖の下におろす作業を4時間近く続けました。そして、75人を救出しました。その中には、2人の日本兵もいたそうです。ドスさん自身も足を負傷し、左腕に銃弾を浴びました。彼は、グアムの病院に移されました。入院中、自分や身近な人が死ぬ悪夢に悩まされたそうです。後に彼は、良心的兵役拒否者として、初めて名誉勲章を授けられました。銃弾が飛び交う戦場で、ドスさんはあえて戦わない選択をしました。神の平和の使者として、大切な人々の命を守り抜いたのです。

 イエス様は、戦いに明け暮れる私たちに平和を告げに来られました。争いの種は、私たち一人ひとりの心の中にあります。人の力では、その種をどうにもできません。私たちはその種にあやつられ、戦い続けます。いつか傷つき、戦場で動けなくなります。そのまま死を待つだけになります。イエス様は、そんな私たちをこの世の戦場から救いに来られました。心にある争いの種を取り除きに来られました。イエス・キリストを信じる人は、平和の使者になることができます。神が与えられた平和を、世界中に告げ知らせることができるのです。

「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」(ローマ5:1)

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