礼拝

2017年11月12日 (日)

夢や幻を読み解く

 「イスラム国」は、ついにシリアとイラクで支配していた主要都市の全てを失ったそうです。世界各地で、今なおテロは続いています。しかし、中東での彼らの影響力はますます小さくなりつつあります。「イスラム国」は、3年前に「国家」樹立を宣言。全てのムスリムの国として、イスラム法を厳格に守る国づくりを唱えました。中央アジアから中東、北アフリカ、ヨーロッパの一部に及ぶ広大な地域を自分たちの領土だと主張しました。ところが彼らの行いは、余りにも残忍でした。多くのクリスチャンが虐待され、殺害されました。日本人も殺されました。ムスリムの住民たちも暴力で抑えつけられました。その結果、多くの人の心は彼らの「国」から離れました。イスラムの教えから離れる人も、急激に増えていると聞きます。「イスラム国」から逃れた多くの人が、イエス・キリストを信じているそうです。彼らは恐怖が支配する「イスラム国」から脱出し、愛と平安に満ちたキリストの御国に難民として受け入れられたのです。

 多くのムスリムは、夢や幻を見てイエス様を信じるそうです。夢は寝ている時、幻は起きている時に見るビジュアルなイメージです。オープン・ドアーズという宣教団体は、ある夫婦の証しをネットで伝えています。彼らはシリアでテント暮らしをしていましたが、レバノンに逃げて来ました。妻の母は3年前、外の空気を吸おうとテントから出ると、遠くから射殺されました。妻の兄弟も帰宅途中に殺害されました。彼ら夫婦は、辛い日々を送りました。しかしつい最近、暗やみに光が差し込みました。妻が、イエス様の夢を見たのです。白い衣を着たイエス様は、夢の中でこう言いました。「わたしはキリストだ。あなたには美しい娘が与えられる。」妊娠9か月だった彼女には翌月、美しい女の子が生まれました。同じ頃、夫もイエス様の夢を見ました。やはり白い衣で現れ、こう言いました。「私はあなたの救い主だ。私に従いなさい。」彼らは、イエス様に従う決心をしました。キリストにちなみ、娘の名はクリスティーナ(Christina)にしました。イスラムの信仰を捨てたため、殺される恐れがありました。そこで彼らはムスリム居住区を離れ、あちこちに住まいを移すようになりました。今後、どうなるか分かりません。でも夫は、こう言います。「最も大切なのは、イエス様を救い主と知ることです。イエス様は助けて下さいます。私たちとともにおられ、守って下さいます。神が、私たちの困難を解決して下さるのです。」

 旧約の時代にも、多くの人が夢を見ました。ベテルで野宿したヤコブも、その一人です。彼は不安でした。兄に殺されそうになり、家を出て遠い国に行く途中でした。その彼に対し、神は夢の中でこう約束されました。「どこへ行っても守られ、必ずこの地に帰ることができる。」夢を通し、彼は神の平安を受け取りました。ヨセフは、自分の将来を夢で見ました。人が見た夢の意味も解き明かしました。エジプト王にも夢のメッセージを伝えました。それがきっかけで、ヨセフがかつて見た夢は実現しました。ソロモン王は、夢の中で何がほしいか神に聞かれました。彼が知恵を求めると、神は喜ばれました。知恵はもちろん、富や名声も与えると神は約束して下さいました。預言者ダニエルは、バビロニア王が見た夢を言い当て、その意味を伝えました。その結果、彼はユダヤ人の国を滅ぼした王に神のメッセージを伝えました。その他の預言者たちもさまざまな幻を見て、人々にメッセージを伝えて来ました。

 キリストによる新しい契約の時代、現代の私たちにも夢や幻が与えられます。もちろん全ての夢や幻が、創造主のメッセージとは言えません。それがどこから来たのか、意味のある内容なのか、聖書と矛盾がないか、よく吟味する必要があります。大切なのは、神の創造性に心を開くことです。神が語る方法を選ばれます。私たちが考えもしない方法かもしれません。どんな方法で語られても神のメッセージを読み解き、適切に応答したいですね。創造主からメッセージが届いたら、「既読スルー」してはダメです。

「神は言われる。終わりの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。」(使徒2:17)

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2017年11月 5日 (日)

絶望の彼方に希望を見出す

 先日の総選挙では、「希望」が失速しました。9月25日の記者会見で小池百合子氏は、新たに立ち上げた政党についてこう語りました。「今の日本に足りないものは希望。だから、『希望の党』という名前にしました。」党のホームページには、こう書かれています。「昨日より今日のほうが、いい。今日より明日のほうが、きっといい。そう信じられる社会。それが希望ある社会です。…ここは、日本の政治をリセットしましょう。…今こそ、日本を前進させる大きなチャンスです。」希望ある社会を目指す志は、良かったのかもしれません。しかしさまざまな理由から、希望の党に対する支持は広がりませんでした。多くの人は、希望の党に希望を見出せなかったのです。

 今回の小池氏の発言は、17年前に出版されたある小説が土台ではないかと推測されています。村上龍さんが書いた「希望の国のエクソダス」という小説です。小説の中で主人公・ポンちゃんは、こう発言しています。「この国には何でもある。ただ、『希望』だけがない。」彼の考えが、日本の中学生たちに広く支持されるというストーリーです。80万人の中学生が学校から脱出し、独立国を造ります。場所はカタルーニャではなく、北海道です。この話のポイントは、2つあります。一つは、中学生という若い世代が日本に絶望し、行動を起こすこと。政治家による上からの運動ではありません。選挙権もないティーンエイジャーによる下からの、草の根の運動でした。もう一つのポイントは、彼らは日本を変えるのではなく、脱出したこと。日本のリセットではなく、新たな国の建設です。様々なしがらみから解き放たれるには、その方が手っ取り早いかもしれません。小説の中では多くの中学生が、ポンちゃんの主張に希望を見出しました。

 「エクソダス」とは、英語で「出エジプト」のこと。今から3千数百年前、モーセに率いられたユダヤ人がエジプトを脱出した歴史的な出来事です。当時、ユダヤ人は奴隷にされていました。エジプトで彼らの人口は、70人から数百万人に膨れ上がりました。エジプト王は、反乱が起きたら大変だと考えました。そこで彼らを奴隷に落とし、強制労働をさせたのです。ユダヤ人の男の子が生まれたら一人残らず殺すようにとも、エジプト王は命じました。繁栄を誇る超大国エジプトには、何でもあったかもしれません。ただ奴隷のユダヤ人には、希望がなかった。絶望的な状況でした。その彼らに神はモーセを遣わし、希望のメッセージを伝えられたのです。自分たちの力では何も変えられない奴隷たちに、神は憐れみを持たれました。彼らの苦しみの叫びを聞き、心を痛められました。そこで、彼らを絶望の地から解放されたのです。草の根のユダヤ人たちを、約束の地での「希望の国」づくりへ旅立たせました。モーセが伝えた神のメッセージは、彼らの心に響きました。ユダヤ人たちは、希望を見出すことができたのです。

 イエス様は、預言者モーセのように希望のメッセージを伝えられました。ユダヤ人だけでなく、全世界の人々に対してです。世界は、終わりが近づいています。どんなに平和で豊かな国も、未来は絶望的です。終わりが来たら、全てが滅びるからです。日本をリセットしても北海道に移住しても、人類滅亡の流れは止められません。イエス様は、滅びに向かう私たちを助けに来られました。イエス・キリストを信じる人は、絶望の国から脱出できます。神の希望の国に迎えられます。その素晴らしい希望を周りの人に伝えることができます。どんなに深い絶望を背負う人も、イエス様は救って下さいます。この希望は、失速することがありません。永遠の愛に満ちた神は、救いを求める人を決して排除されないからです。

「私は山に向かって目を上げる。私の助けは どこから来るのか。私の助けは主から来る。天地を造られたお方から。」(詩篇121:1-2)

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2017年10月29日 (日)

歴史に神の祝福を見出す

 ユダヤ人は、ノーベル賞受賞者が多いことで知られています。今年も、4人のユダヤ人が受賞しました。レイナー・ワイス氏とバリー・バリッシュ氏が物理学賞(先週お話しした重力波の観測です)、マイケル・ロスバッシュ氏は医学・生理学賞、そしてリチャード・セイラー氏が経済学賞です。ユダヤ人は、世界人口の0.2%以下。にもかかわらず、ノーベル賞受賞者約900人のうち、20%はユダヤ人とのこと。ノーベル賞6部門の全ての賞をこれまでに受賞しているそうです。ちなみに日本人や日系人は世界人口の約1.4%で、ノーベル賞受賞者は全体の3%くらいです。経済学賞を受賞した日本人や日系人はいません。日本人も頑張っていますが、ユダヤ人の優秀さは際立っています。なぜ優秀か、多くの人が理由を考えています。ある人は、彼らの教育が優れていると言います。別の人は、タルムードと呼ばれるユダヤ教の教えが良いと言います。迫害を受けた歴史が良かったと言う人もいます。もともと遺伝的に優秀だと言う人もいます。中には、全てユダヤ人の陰謀だと言う人もいます。でも私には、別の理由が思い浮かびます。創造主なる神が、彼らを祝福されたからです。

 ある歴史家は、こう言ったそうです。「ユダヤ人が現在存在すること自体が奇跡だ。」4000年ほど前、彼らの先祖アブラハムは、創造主から祝福のことばをいただきました。その後、ユダヤ人は驚くべき奇跡の祝福を少なくとも3度経験しています。最初の奇跡は、出エジプト。アブラハムの孫ヤコブの時代、彼らはエジプトに移住しました。ユダヤ人はそこで奴隷とされ、迫害を受けました。男の子は、みな殺されそうになりました。そのエジプトから彼らが無傷で脱出できたのは、大きな奇跡でした。2度目の奇跡は、バビロン捕囚からの帰還。ダビデやソロモンの時代の後、彼らの国は二つに分裂しました。北王国は、アッシリアに滅ぼされました。彼らに拉致されたユダヤ人は、今なお行方不明です。南王国は、バビロニアに滅ぼされました。しかし捕虜として連行されたユダヤ人は、奇跡を体験します。捕囚のユダヤ人は一人残らず殺されそうになりますが、絶体絶命の危機をかろうじて逃れ、首都エルサレムを再建できたのです。

 3度目の奇跡は、第2次大戦後のイスラエル建国です。紀元1世紀、カナンの地はローマ帝国が支配していました。ユダヤ人は独立を求め、反乱を起こしました。しかしローマ軍は反乱を鎮圧、ユダヤ人は世界中に散らされます。その後、彼らは各地で迫害されました。その最大規模のものが、ナチスドイツによるホロコーストです。数年間で600万人ものユダヤ人が拉致され、虐殺されました。大戦後、国連決議に基づき、イスラエルの建国が宣言されました。1800年以上にわたる離散の時代を生き延び、ユダヤ人は再び独立国を持つ奇跡を体験したのです。建国宣言をし、初代首相に選ばれたダヴィド・ベン=グリオン氏は、こう言っています。「奇跡を信じないユダヤ人は、リアリスト(現実主義者)ではない。」

 ユダヤ人の歴史の中に、私たちは創造主の憐れみと祝福を見ることができます。彼らは、必ずしも神に従順ではありませんでした。神が救い主イエスを遣わされても、多くのユダヤ人はそれを拒否しました。それでも神は、アブラハムへの約束を忠実に守られました。ユダヤ人は、祝福されたのです。驚くべき奇跡を3度も経験し、今も国が栄えています。世界中に離散したユダヤ人は、絶滅するどころか、ノーベル賞に値する偉大な働きをしています。彼らの貢献により、全世界が祝福されています。イエス・キリストを信じる人は、誰でもアブラハムの子孫とされます。神の祝福の約束を受け継ぐことができます。今や世界人口の33%となったクリスチャンは、ノーベル賞受賞者の65%を占めるそうです。このように神の祝福は、人類の歴史の中に見出すことができるのです。

「そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。」(詩篇12:2)

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2017年10月22日 (日)

驚くべき逸品のクリエイターを讃える

 先週、重力波観測のニュースが再び報道されました。中性子星という特別な星同士が衝突・合体した時、発生した重力波だそうです。重力波とは、時間や空間の中にできる目に見えない波の一つです。今年のノーベル物理学賞は、この波を2年前初めて観測した人たちが受賞しました。つい先日、そのニュースも流れていました。ただ2年前に観測された重力波は、星の衝突によるものではありません。ブラックホールと呼ばれる不思議な天体同士の衝突でした。中性子星の合体による重力波は、今回初めて観測されたとのこと。この重力波が地球に届くまで、1.3億年かかったそうです。それが本当なら、今回観測された重力波は1.3億年前に発生したことになります。「遠い昔、はるか彼方の銀河系で・・・」中性子星が合体し、重力波が発生したのです!

 この観測チームを代表し、物理学者のデービッド・ライツェ氏が先週、記者会見しました。彼はその場に、曽祖父から受け継いだ金時計を持って来て、こう言いました。「この時計の金は、50億年以上前に中性子星の衝突によってできた可能性が非常に高い。他の全ての金も、おそらく同じようにできた。Amazing!(驚くべきことだ)」何でも、金やプラチナなどの重い金属は、中性子星の合体によって生じたと考えられているそうです。今回の観測でも、それを裏付けるデータが得られました。中性子星同士が一度衝突すると、月10個分の金が生じるという説もあるようです!これまで起こった衝突の数を推測すると、中性子星の衝突だけで宇宙全体の金が生み出された計算になるとのこと。私の結婚指輪も金ですが、いつ頃の衝突でできたのでしょうか(笑)。人類は長い間、金を作ることを夢見て来ました。その後、科学が発達し、金以外の物質から金は作れないことが分かって来ました。中性子星は、自らの衝突・合体により、人類が果たせなかった夢を実現していたのかもしれません。

 聖書は、神が宇宙の全てを造られたと証言しています。それは、科学の研究成果と必ずしも矛盾しません。近代科学の創始者たちは、その多くがクリスチャンでした。彼らは、神が造られた被造物の中に、整然とした秩序を見出そうとしたのです。ニコラウス・コペルニクスは、カトリックの神父でした。彼は、時間のある時に太陽系の惑星を観測しました。その動きは、たいへん複雑に見えました。神は、どんな秩序を創造されたのかと考えました。その結果、地球を含む惑星は太陽の周りを回っているはずだと、彼は主張したのです。ガリレオ・ガリレイは、カトリックの信仰を持つ大学教授でした。彼は、初めて望遠鏡で木星や金星、太陽などを観測しました。そしてコペルニクスが言うように、地球が太陽の周りを回ることを確信しました。アイザック・ニュートンも、聖書の神を信じる科学者でした。彼は、こう考えました。「全ての物体の運動は、万有引力の法則に従う。時間と空間を支配する神が、そのように秩序を定められたからだ。」

 全てを造られた神は、遠い昔、全宇宙を創造されました。はるか彼方の銀河系もです。あらゆる天体を造り、中性子星や重力波も創造されました。軽い元素も重い金属も全て創造されました。中性子星の衝突を用いて、金やプラチナを創造されたのかもしれません。太陽系を造り、太陽の周りを回る軌道に地球をそっと置かれました。全ての物体が、万有引力の法則に従うようにされました。この宇宙は、神の最高傑作です。その驚くべき作品を見て、私たちは全てを造られた神の驚くべき偉大さをたたえることができます。人には決して作れない作品を、神が造って下さいました。驚くべき逸品を今も生み続けるクリエイターは、私たちの賛美に値するお方なのです。

「主よ 私たちの主よ あなたの御名は全地にわたり なんと力に満ちていることでしょう。あなたのご威光は天でたたえられています。」(詩篇8:1)

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2017年10月15日 (日)

聖書リテラシーを高める

 今年7月、メディアリテラシーに関する絵本が出版されました。「窓をひろげて考えよう ~体験!メディアリテラシー」というタイトルです。著者は下村健一さん。TBSの元キャスターで、今は子供のメディア教育に関わっているそうです。この絵本は、4年前に31歳で亡くなったある女性の命日に合わせて出版されました。NHKの元記者・佐戸未和さんです。彼女は昔、下村さんの弟子でした。ジャーナリストを目指し、学生時代、下村さんの指導を受けました。その後、NHKに入社、記者として活躍しました。ところが、入社9年目に東京都議選や国政選挙を取材し、その直後、心不全で亡くなったのです。翌年の2014年には、過労死の認定を受けました。NHKがその事実を発表したのは、つい先日です。

 下村さんは、そんな彼女のために絵本を出版したそうです。なぜ彼女が命を落としたのかを検証するため、そして彼女の生きた証しを残し、その思いを世に伝えるためとのこと。絵本の中には、佐戸さんがリポートしている様子がイラストで描かれています。また、いくつかのページには、四角い穴がくり抜かれた場所があります。テレビの画面などです。メディアは、その穴から情報を伝えます。しかしページをめくると穴の外側にある、メディアが伝えなかった情報が分かる仕掛けになっています。メディアの情報は一部に過ぎないことが、感覚的に理解できるという話です。

 リテラシーとは、もともとは読み書きの能力のこと。書かれた文章を読んだり、自分で書いたりできる力です。小学校では、6年間かけてこの訓練をします。現在、日本語を母国語とする99.8%の人は、このリテラシーを身に着けているそうです。でも最近、リテラシーという言葉は、もっと広い意味で使われるようになりました。何らかの形で表現されたものから必要な情報を抜き取り、活用する能力という意味です。メディアリテラシーは、テレビや新聞、インターネットなどのメディア情報を適切に理解し、使いこなす力のこと。選挙で誰に投票するかを決めるには、この能力が重要です。コンピューターリテラシーは、コンピューターを使い、必要な情報を得る力のこと。ネットリテラシーとは、インターネットを使いこなす能力のことです。年々リテラシーの種類が増えると、ついていけなくなりそうですね。

 神はイスラエルの民に、「聖書リテラシー」を求められました。神の教えを正しく理解し、生活の中で実践するためです。その生き方の大切さを、世界中に伝えるためでもありました。聖書リテラシーを身に着けるため、モーセはユダヤ人たちに次のように命じました(申命記6:6-9)。みことばを一人ひとりの心にとどめること。子供たちによく教え込むこと。家で座っている時も道を歩く時も、寝る時も起きる時も教えること。みことばが書かれたものを手に結び付けること。額の上にもつけること。家の門柱と門にも書き記すこと。それらが聖書リテラシーを高め、みことばを決して忘れないようにする方法でした。しかし、残念ながら多くのユダヤ人は、時代とともに聖書リテラシーを失ってしまいました。神の教えを忘れ、生活の中でそれを実践する力がなくなったのです。

 イエス様はイスラエルの代表として、聖書リテラシーを完璧に身に着けておられました。その理想的な生き方を全世界に発信されました。イエス・キリストを信じる人は、聖書リテラシーを高めることができます。神のみことばを正しく理解し、生き方が変えられます。イエス様が命を捨てられた理由を知り、その思いを世界中に伝えることができます。マルティン・ルターは聖書をドイツ語に訳し、多くの人の聖書リテラシーを高めました。聖書を読むため、初等教育の改革も訴えました。日本の識字率は非常に高いですが、聖書リテラシーは低そうですね。今後、高くなるようにお祈りしています。

「幸いなことよ 悪しき者のはかりごとに歩まず 罪人の道に立たず 嘲る者の座に着かない人。主のおしえを喜びとし 昼も夜も そのおしえを口ずさむ人。その人は 流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結び その葉は枯れず そのなすことはすべて栄える。」(詩篇1:1-3)

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2017年10月 8日 (日)

神の霊に聴く

 今週から何回か、「みことばを聴く」というテーマでお話しします。先月の宗教改革500周年大会の準備を通し、このテーマについてもう一度考えさせられました。大会で私は、ショートメッセージの一つを担当させていただきました。宗教改革の5つのテーマについて、5人の牧師がそれぞれ10分ずつ話をする集会でした。最初のテーマは「信仰義認」。キリストを信じれば罪が赦されるという、聖書の基本的な教えです。ルターの信仰の原点でした。二つ目は「聖書信仰」。神のみことばの権威に従うという信仰です。私に与えられたテーマは、これでした。三つめは「万人祭司」。クリスチャンはみな神の祭司とされ、それぞれ大切な務めが与えられるという教え。四つ目は「トランスフォーメーション」。宗教改革により人の生き方が変わり、社会の改革も進んだという話です。今の日本も国政選挙以上に、これが必要ですね。五つ目は「新しい賛美」。ミサは礼拝となり、会衆が一緒に歌う新しい賛美が生まれました。宗教改革が今の私たちの生き方にどうつながっているのか、理解が深められた時間でした。

 ショートメッセージの依頼をいただいたのは、5月です。その後の4か月で、何冊か本を読みました。私は歴史が好きです。マルティン・ルター関連の本を読むのも、楽しかったです。彼は、私のヒーローの一人です。その勇敢さに、いつも励まされます。その姿は、ユダヤ人指導者たちに立ち向かったペテロやヨハネのようでした。神の権威に従い、人の権威を恐れませんでした。教会は聖書だけを土台にすべきだと、ルターは堅く信じていました。しかしその考え方は、当時のカトリック教会に受け入れられませんでした。ルターは教会を破門され、カトリックとは別の教会を始めました。これが、プロテスタント教会の始まりです。ルターは、クリスチャン一人ひとりが神のみことばを理解することを重視しました。そのため、聖書を普通の人にも分かる言葉(ルターの場合はドイツ語)に翻訳しました。礼拝は説教、つまり牧師による聖書の解説が中心となりました。私たちもプロテスタント教会の一つとして、その流れを受け継いでいます。聖書のみことばを土台とする教会です。

 ただ何冊か本を読んで、ふとあることに気づきました。ルターの時代と現代との違いです。ルター以降、多くのクリスチャンはこう信じて来ました。「神が語られるのは、聖書や説教を通してだけだ。」しかし今から100年ほど前、米国で驚くべきことが起こりました。聖霊による超自然的な働きが始まったのです。ペンテコステ・カリスマ運動と呼ばれています。聖霊は、使徒たちの時代と同じように今も働かれるということが分かりました。「神が語られるのは、聖書のみことばや説教を通してだけではない。夢や幻、預言、奇跡などの超自然的な方法もある。神は今もそれらを通して、語られる。」そう理解されるようになりました。神は、限りなくクリエイティブなお方です。特定のカタチにとらわれません。私たちに、嬉しいサプライズを用意されます。驚くべき方法で、神は私たち一人ひとりに語りかけて下さいます。私たちの教会は、このペンテコステの流れも受け継いでいます。

 イエス様は、私たちに聖霊を送って下さいました。聖霊は、私たちに聖書の真理を教えて下さいます。イエス・キリストを信じる信仰を与えて下さいます。信じる人の心のうちに住み、神に愛される喜びで満たして下さいます。私たちに、聖書のみことばを思い起こさせて下さいます。そして、麗しい天の声を聴かせて下さいます。さまざまな方法で聖霊は語られ、私たちの歩みを導かれます。ルターその他の改革者たちにも、聖霊はみことばの真理を教えられました。彼らの心を勇気で満たされました。同じ神の霊は今、私たちとともにおられ、永遠の愛をささやいて下さるのです。

「これは、預言者ヨエルによって語られた事です。『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。』」(使徒2:16-18)

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2017年10月 1日 (日)

天の栄光とともに生きる

 私が北海道で牧師をしていた頃、日本ハムファイターズが東京から札幌に移転して来ました。嬉しかったですね。私は札幌出身なので、もちろん地元ファイターズを応援しました。ところがその後、私は所沢に引っ越しました。そこで今は、西武ライオンズを応援しています。地元チームに頑張ってほしいからです。以前、所沢に住んでいた頃は、西武ライオンズの黄金時代でした。残念ながら、一度も球場で試合を見る機会はありませんでした。でも当時、工藤公康さんを市内某所で見かけたことがあります。今はソフトバンクホークスの監督ですが、当時はライオンズの投手でした。ある肉屋さんに行くと、工藤投手が奥様らしき女性と二人で買い物をしていました。たくさん肉を食べたでしょうね。

 ライオンズの順位は現在、ホークスに次いで2位です。1か月ほど前、シーズン終盤のキャッチフレーズが発表されました。「CATCH the FLAG 栄光をつかみ獲れ!」です。9年ぶりの日本一を目指すとのこと。グッズも販売しています。Tシャツとパーカーに、日本一を目指す選手たちの写真がデザインされています。メガホンや旗、タオル、キーホルダーもあります。SNSで広めてほしいのか、「#もう止まらん」というメッセージ、いわゆるハッシュタグもつけられています。ライオンズの公式サイトは、こう呼びかけています。「このグッズを身に着け、栄光をつかみ獲るために…戦うライオンズに熱い声援を送りましょう。」

 ライオンズが本拠地を福岡から所沢に移したのは、1979年です。私が上京し、大学に入った年です。巡り合わせを感じますね(笑)。西武球場のすぐ近くには、その4年前、狭山不動尊というお寺が建てられていました。お寺を建てたのもライオンズを買い取ったのも堤義明さん、当時の西武鉄道グループのオーナーです。西武ライオンズは毎年3月頃、チームのメンバーが揃ってこのお寺にお参りします。必勝祈願です。狭山不動尊は、不動明王を祀っているとの話。不動明王は、釈迦の一つの姿と信じられています。もともとは、ヒンズー教の中心的な神の一人シヴァだったとも言われます。仏教がインドや中国で広まる途中で、たくさんの仏たちのリストに加えられたのでしょう。不動明王は恐ろしい姿をし、仏教を信じない人を力づくで信じさせる仏だそうです。ライオンズの選手たちは、仏教を信じるようになったかどうか分かりません。ただ彼らがもし日本一になったら、必勝祈願のおかげだと言う人もいるかもしれません。チームの栄光が不動明王の栄光になるとしたら、残念です。

 世界の全ては、創造主の栄光のために造られました。造られたものの中には、完璧な芸術家としての神の素晴らしさが表現されています。神は太陽を造り、地球を造り、人類を造られました。異なる人々に、それぞれ住むべき場所を定められました。イスラエルを選び、神の栄光を告げ知らせる役割を与えられました。彼らを通し、創造主が偶像の神々よりはるかに偉大なことを示されました。アブラハムは、メソポタミヤの神々から解放されました。モーセやヨシュアは、エジプトの神々から救い出されました。ギデオンやダビデは、カナンの神々に勝利しました。ダニエルやエズラ、ネヘミヤは、バビロニアやペルシヤの神々から助け出されました。

 イエス様は、創造主の驚くべき栄光を全世界に輝かせに来られました。イエス様を通し私たちは、神の愛の輝かしい勝利を見ることができます。あらゆる偶像にはるかに勝る創造主の偉大さを知ることができます。イエス様は、私たちをあらゆる偶像から解放されました。不動明王からも、私たちは自由にされています。イエス・キリストを信じる人は、神の栄光に照らされます。いつか消え去る地上の栄光ではなく、永遠に光輝く天の御国の栄光です。ライオンズの選手も応援する人たちも、その栄光をつかみ獲ってほしいですね。

「知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。」(ローマ16:27)

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2017年9月24日 (日)

天のミッションに誇りを持つ

 先日、土星探査機カッシーニが20年に及ぶミッションを完了し、土星の大気圏で燃え尽きました。カッシーニは、アメリカ航空宇宙局(NASA)などが開発。1997年にフロリダのケープカナベラル空軍基地から打ち上げられました。10種類以上の観測機器や分離して着陸できる小型探査機ホイヘンスを搭載した、総額4,300億円の一大プロジェクトでした。地球から土星まで、約14億キロだそうです。土星周辺に達するまで、7年かかりました。探査機ホイヘンスは予定通り、カッシーニから分離され、土星最大の衛星タイタンに着陸。そこに、液体のメタンでできた川や巨大な湖を発見しました。(都市ガスに使うメタンです。)メタンの雲が空に浮かび、メタンの雨が降ることも分かりました。ホイヘンスからのデータをカッシーニが受け取り、地球に送りました。その後カッシーニは、土星や周辺の輪の鮮明な画像を撮影。南極には王冠のように広がるオーロラ、北極には巨大な六角形の台風がありました。衛星エンケラドゥスからは水蒸気が吹き出し、地下深くに液体の水があると分かりました。微生物がいる可能性もあるとのこと。カッシーニは約80億キロを旅し、45万枚以上の写真を地球に送信。その観測データをもとに、約4千の論文がすでに書かれているそうです。

 燃料切れが近づいたため、カッシーニは土星の大気圏に突入し、焼却処分となりました。宇宙ゴミにならないためです。地球の微生物を他の星に持ち込まないためでもあるそうです。カッシーニから交信が途絶えると、プロジェクトマネージャーのアール・メイズ博士は、こう言いました。「関わった皆さんが、カッシーニが成し遂げた成果に大きな誇りを持つことを願っています。信じがたいほど、素晴らしいミッションでした。これでミッションは終わりです。」NASAの司令室にいた関係者たちから、拍手が沸き起こりました。このプロジェクトに30年近く関わって来たリンダ・スピルカー博士は、次のように語りました。「土星に到着してから13年間に送られてきた全てのデータを完全に理解するには、おそらく何十年もかかる。別れは本当に悲しいが、信じがたいほどに素晴らしいミッションに関わることができて、誇りに感じている。」カッシーニのミッションは、天に輝く土星の神秘を解き明かすことでした。その偉大なミッションに関わった科学者たちは、誇りを持つことができたのです。

 ユダヤ人たちは、神がなさる偉大なみわざ、「天のミッション」に誇りを持って来ました。信じがたいほどに素晴らしいミッションです。神は全宇宙を造り、人を愛されています。詩篇の作者たちは、その真実を告げた神を誇りました。神は驚くべき奇跡により、ユダヤ人をエジプトから解放されました。彼らは、救いの神を誇りました。長年子供がなく苦しんでいたハンナに、神は赤ちゃんを授けられました。ハンナは、祈りに応える神を誇りました。神はダビデを用い、イスラエルに王国を確立されました。ダビデは契約の箱をエルサレムに運び入れ、全国民に呼びかけました。あらゆる戦いに勝利を与える全能の神を誇りとするようにです。しかしユダヤ人は、その後「天のミッション」を忘れてしまいました。真の神ではなく、偶像や自分たち自身に誇りを持つようになりました。そして、彼らの国は滅びました。ほとんどの人々が、「天のミッション」に関わらなくなったからです。

 イエス様は「天のミッション」を回復し、完成させるためにこの世に来られました。イエス・キリストを信じる人は、「天のミッション」の神秘を解き明かすことができます。その偉大なミッションに関わり、誇りを持つことができます。天を見上げ、神の創造の偉大さを誇ることもできます。科学者の中にもその偉大な神秘を知り、信じがたいほどに素晴らしい「天のミッション」に誇りを持つ人がいるかもしれません。

「それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。…」(ローマ15:17-18)

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2017年9月17日 (日)

互いの違いに配慮する

 今週水曜日、東京・浅草であるイベントが開催されます。「ムスリム観光客の気分でまわる浅草ツアー」です。浅草は、日本で一番ムスリム観光客に人気の街だそうです。浅草寺の門前町として、浅草は発展して来ました。浅草寺には、観音像が祀られています。イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教と同じで、偶像礼拝を禁じています。なぜ浅草が一番ムスリムに人気なのか、不思議ですね。観光で来るので、自分たちの国にはない異文化を見たいのかもしれません。水曜日のツアーを企画したのは、日本商工会議所・東京商工会議所・日本マレーシア経済協議会。ムスリム観光客へのサービスを学びたい人が、対象です。彼らが浅草でどんな物を買い、どんな料理を食べるのか、見て回るそうです。最初は、ハラール対応のお寿司屋さん「すし賢」でランチ。東京で最初のハラール寿司屋とのこと。その後、他のお店も見て回り、最後にハラール・ベジタリアン対応カフェにて懇談。貴重な学びができて、ランチ、お茶、お土産がついて、なんとお値段5000円!学生は1000円割引です!

 最近、来日するムスリム観光客が増えているそうです。それに合わせ、日本でもハラール対応のお店が増加しています。私が住む所沢にも、ハラールフードを扱うお店があるようです。ハラールとは、イスラムの教えで食べて良いとされる料理。食べられないのは、豚や犬、猫、カエル、蛇など。アルコールもダメです。人の思いが神から離れる危険があるためとのこと。牛や羊などは大丈夫ですが、肉にする時は、必ずムスリムの人が屠殺しなければならないそうです。イスラムの祈りを唱えながら、ナイフで頚動脈を切ります。完全に血を抜いた後、解体します。保管場所や輸送のトラックも、豚肉などと完全に分けなければなりません。日本では馴染みのない習慣が多いですね。ムスリム観光客を受け入れるには、たくさん学ぶ必要がありそうです。

 旧約聖書にも、食物規定があります。ヘブライ語で、カシュルートと呼ばれています。モーセの律法の中に記されています。ユダヤ人が命じられたのは、イスラム教が生まれる2000年近く前のことです。ユダヤ人も、豚肉を食べてはいけません。犬や猫、カエル、蛇などもダメ。肉の解体方法も、律法に定められています。ただ、イスラムとは違う点もありました。アルコールは、禁じられていません。ぶどう酒は、神の祝福を象徴していたのです。新しいぶどう酒ができると、人々はその恵みを神に感謝しました。しかしぶどう酒の祝福は、呪いに変わる危険もありました。人々の心が神から離れると、ぶどう酒は神のさばきの象徴にもなりました。人の心を惑わせ、全てを失わせる危険物でもあったのです。そのため律法を守るユダヤ人たちは、今でも深酒はしないそうです。ぶどう酒を飲むのは、安息日かお祭りの時に限られるそうです。

 イエス様が十字架につかれたのは、過越の祭りの時でした。最後の晩餐でぶどう酒の杯をとり、これは血による新しい契約だと言われました。ぶどう酒は、イエス様が全人類のために受ける神のさばきの象徴でした。同時にそれは、新しい契約の恵みも象徴していました。全ての人が受けられる恵みです。イエス・キリストを信じる人は、誰もが神の祝福の民とされます。もはやユダヤ人もムスリムもありません。食物規定があってもなくても関係ありません。信じるなら、全ての人が神の永遠の祝福を受け取ることができます。しかしそれは、私たちの違いが全てなくなるということではありません。聖書の教えに反しない限り、食物規定を守り続ける人はいるでしょう。守る必要がないと信じる人もいます。背景の全く異なる私たちが、一つの家族とされます。神の愛を受け、互いの違いに配慮することのできる家族に加えられるのです。

「あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。」(ローマ14:1)

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2017年9月10日 (日)

天の品位を身に着ける

 先週は、秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんの婚約が正式発表されました。ほほえましい会見でしたね。互いの魅力を聞かれると、眞子さまは「太陽のような明るい笑顔」と答えられました。圭さんは、「月のように静かに見守ってくださる存在」と語りました。理想の家庭については、こういう言葉がありました。「温かく、居心地が良く、笑顔あふれる家庭。」「いつも自然体で和やかな家庭。」日本中で多くの人が、お祝いの言葉を寄せていました。二人がデートしたとされる長瀞町では、横断幕も掲げられたそうです。(長瀞まで電車で行ったなら、所沢経由だったのでしょうか。)プロポーズは4年前で、結婚式は来年秋。丁度良い時期を待っていたようです。皇族のご結婚はいろいろ準備がありそうで、時間がかかりますね。

 結婚すると、眞子さまは皇族でなくなります。その時、国から一時金が支払われます。元皇族の品位を保つためだそうです。1億数千万円ほどになる見込みです。品位を保つには、お金がかかるようですね。普通の人と大きく違う点は、警備の厳重さです。皇族でなくなると、警備費は自分で払わなければなりません。天皇の長女・黒田清子さんは、12年前に結婚されました。最初の頃は、スーツ姿のSPが、常に張り付いていたそうです。その後、黒田さんは都心のマンションに引っ越しました。セキュリティーが厳重な場所で、1億円ほどしたようです。眞子さまも、同じように警備にお金がかかりそうですね。品位とは、上品な人柄のこと。天皇家に生まれた子供たちは、皇族として育つプロセスの中でふさわしい品位を身に着けられるのでしょう。お金で買えるものではありません。でも身の安全やプライバシーがなければ、品位が傷つけられることもあり得ます。結婚後は「居心地の良い家庭」となり、品位が保たれてほしいですね。

 モーセは、王族の品位を身に着けていた可能性があります。彼は、超大国エジプトの王宮で育ちました。王女に拾われ、彼女の養子となりました。大人になると、王族の一員として公務も果たしたはずです。しかし彼は、誤って人を殺してしまいました。エジプトから逃亡し、王族の身分を失いました。一時金も、もらえませんでした。ミデヤンの地で、彼はイテロの家族と出会いました。羊に水を飲ませていたイテロの娘たちを助けてあげました。それがきっかけで、彼はイテロの家族と一緒に住むようになりました。イテロは、モーセが気に入ったようでした。彼の人柄を見て、信頼したようです。自分の娘チッポラを、彼と結婚させました。(記者会見も横断幕も、なかったと思います。)その後40年間、モーセは羊飼いとして、忠実に家族を支えました。義理の父イテロの忠告にも、謙虚に耳を傾けました。神の声を聞いた後も、その人柄は変わりませんでした。彼は、「地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」と記されています。エジプトで身に着けた王族の品位は、荒野で神の完璧な警備に守られ、さらにバージョンアップしたかもしれません。

 そのモーセは、キリストの到来を予告しました。「私のような預言者が起こされる」と、彼は語りました。イエス様は、最高の品位を身に着けたお方です。イスラエル各地を巡り歩き、天の王の品位を人々に示されました。イエス・キリストを信じる人は、その品位を受け継ぐことができます。天の王族に加えられ、品位を身に着けることができるのです。天のSPによる完璧な警備つきです。何かの必要が生じれば、一時金ではなく、必要な時に十分なものが与えられます。天の王なるイエス様は、私たちが天の品位を身に着け、保つ環境を全て整えておられるのです。

「主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。」(ローマ13:14)

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