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2006年9月 2日 (土)

帰るべき家

幼稚園の頃から高校卒業まで住んでいた家は、道のつきあたりにありました。電車通りから住宅街を突き抜けているその道に入ると、3ブロックほど直線道路が続き、私の家が数百メートル先に見えました。明るい時はもちろん、暗くなった時も、窓の光を遠くから眺めることができました。雨の日も、雪の日も、その光を目指してまっすぐ進んでいけば、温かな家庭のだんらんが私を待っていたのです。もうその家は売却して、人手にわたっていますが、その帰るべき家のイメージは、今でも心の中に焼きついています。

私たちは、この人生を通して、どこに向かい、どこに帰ろうとしているのでしょうか。

同窓会に顔を出すと、一人二人と、すでに亡くなっている方がいることに気づきます。その方々が、どこでどのように亡くなられたかは知りません。しかし、人間、いつどうなるか分からないのだということを、名簿に記された「逝去」、「物故者」という言葉によって、再確認させられます。

神様は、私たちのため、「帰るべき家」を用意していて下さいます。イエス・キリストは、私たちをその「永遠の家」に招待するために、この世に来られました。誰でも、このお方を信じる人は、「天の家」が自分のまっすぐ帰ることのできる住まいとして、与えられるのです。

「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。・・・あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。」(ヨハネ14:2、新改訳第3版)

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